秘密の放課後



私は今、ものすごく幸せ。


 大好きなあの人と一緒に暮らして、同じ学園に通っているのだから。
 でも。
 この幸せは嘘の上に作られた、一ヶ月という期限付きの幸せ。
 だから少しでも長く、この幸せの中にいたい。
 なのに、なのに私は、大きな失敗をしてしまった。
 それは……。
「NA〜NAぁ。うち、ここの問題が解らへんのや。教えてくれへん?」
「……」
 私の隣の席は、ライムちゃんの指定席と化している。
 そう。私は今、英会話の授業を受けている。
 もちろんここに、あの人はいない。
 私が彼のメールを勘違いして、てっきり彼は英語が得意だと思って、特別授業で英会話を選択してしまった。
 英語が苦手な振りをして彼に教えてもらおうとか考えていたのに、まさかこんな事になるなんて…。
 ああ! どうしてはっきり特別授業で何を選択しているか訊かなかったんだろう!?
 そうすればちゃんと化学を選択して、一緒に実験が出来たのに!!
 しかも彼は今、須藤澪っていう学園一の美少女とペアを組んで自由研究を行なっている。
 …早く彼に会いたいよぉ。


秘密の放課後



「待てよNANAぁ、別にそんなに急がなくても…」
「だって、早く教室に戻りたいんだもん!」
 私は決して走る事なく、けれど全力で早歩きをしながら教室へ向かっている。
 歩幅の大きい太陽君ですら、普通に歩いていては追いつけないスピードで。
 見る見るうちに目的地へ近づき、私は勢いよく教室のドアを開ける。
「…あれ?」
 でもそこに、あの人の姿はなかった。
「化学室は校舎の端っこだからなぁ。俺達の方が早く教室に戻れて当然ってわけだ」
「そんなぁ…」
 私はガクッと肩を落とし、涙目になる。
 そんな私を見て、太陽君が慌てて話しかけてくる。
「そ、そんな顔するなよ。俺達の方が早く戻って来るなんて、いつもの事だろ?」
「でもでもでもぉ…」
 太陽君の言ってる事はよく解る。
 でも私は、少しでも早く彼に会いたくて、一秒でも長く彼と一緒にいたくて…。
 私に残された時間は、どんどん無くなっていくから。
 と、その時。
「相変わらず早えなぁ」
 私は首が千切れ飛ぶ程の勢いで、その声の方へ振り返る。
 教室の入り口に立っているのは……。
「慎吾君!」
 私は世界で一番大好きな人の胸に、思いっきり飛び込んだ。
 彼の温もりが伝わってくる。
 嬉しい。
 どうしょうもなく、嬉しい。
 いつまでもこうしていたい……。
 と思っていたのに、
「NANAぁ、そんなにひっつくなよ」
 ふと彼の顔を見上げると、困った顔をして私を見つめ返していた。
「あ、ゴメンなさい…」
 私は渋々、彼の身体から離れた。
「…んだよ」
 慎吾君が不機嫌そうに呟き、私はまた彼に迷惑をかけるような事をしたんじゃないかと思ってドキッとした。
 でも慎吾君の視線は私じゃなく、彼の隣にいる伊集院君に向けられている。
「いやなに、君達は本当に仲がいいなと思ってね」
 よかった。私の事を嫌いになったんじゃないみたい。
 それに……。
「やだぁ、伊集院君ったら…」
 私は頬を赤くして、ニコニコと笑ってしまう。
「…NANA、照れるな」
 そんなの無理よぉ。だって、君と仲がいいなんて言われちゃったら……えへへ。
 でも彼に迷惑をかけたくないから、必死になって笑みをこらえる。
「しかしまあ、神崎君は本当に女の子みたいだな」
 慎吾君は思わず息を呑み、慌てて弁解する。
「な、何言ってんだよ。そりゃNANAは女顔だけど、正真正銘立派な男だぞ!?」
「いや、顔立ちもそうなのだが…何というか、仕草とか」
「そ、そんな事本人の前で言うなよ。NANAが傷ついたらどうすんだよ! なぁ? NANA」
 精一杯の愛想笑いを浮かべ、必死になって語りかけてくる。
 私は思わず――。
「う、うん…」
 と答える。
 伊集院君は私達をいぶかしげに見つめ、何かを悟ったように笑みを浮かべる。
「まあ、仲よきことは美しきかな。という事だな」
「光、俺達はだなぁ…」
「さ、早く席に着きたまえ。次の授業の準備をしなくては」
 伊集院君は太陽君を連れ、自分の席の方へと歩いていく。
 慎吾君はそんなふたりを見つめ、力なくため息をついた。
「あの、慎吾君」
「気にすんな」
 そう言うと、私と顔を合わせようともせず、彼も自分の席へ行ってしまう。
 私また自分でも気づかないうちに、彼に迷惑かけちゃったのかな……。


 キーン、コーン、カーン、コーン…。
 本日の授業、終了っ!!
 今日は慎吾君に迷惑かけちゃったみたいだから、寮に帰ったらいっぱい彼が喜ぶ事をしてあげるんだ!
 でも、彼が喜ぶ事って…やんやん! 私ったら何考えてるのよう!
「NANA?」
「ひゃっ!」
 その時考えていた事がアレなだけに、私はついビックリしてしまった。
「わっ!? な、何だよ。おどかすなよ」
「ゴメン…ちょっと考え事してて」
 本当にビックリした。だって、急に横から話しかけられるんだもの。
「考え事? 何かんが――」
「は、早く帰ろうよ! ね? ホラホラ急いでぇ」
 何を考えてたか…って、そんなの答えられるわけないじゃない!
 すぐに話題をそらして、彼と一緒に寮へ向かおうと――。
「悪ぃ。今日はちょっとダメなんだ」
「ええーー!?」
 そんなぁ。
 だってだって、パン屋のお手伝いは昨日行ったばかりでしょ?
 それに一昨日は新聞部に顔を出すって行って、結局門限ギリギリまで帰ってこなかったのに……。
「今日は、何の用なんだい?」
「…まあ、その。ちょっとしたヤボ用っつーか」
「ボクには言えないの?」
「そ、そんな事はないけど」
 彼、本当に困った顔をしてる。
 そんな顔されたら、私…すっごく悲しい。
 彼が私に隠し事をするなんて…。
 ううん。私が彼を責められるはずない。
 私の方が、いっぱい嘘をついている。
 いっぱい隠し事をしてるんだ……。
「ごめんなさい」
「な…NANA?」
「ボク、わがまま言っちゃって…今日はひとりで帰るから」
 私はそれ以上この場にいる事ができず、荷物を持って教室から飛び出して行った。


 私は寮に帰る気がせず、ブラブラと校内をうろついていた。
 慎吾君、今頃何やってるんだろう。
 もしかして、女の子と会ってるのかな?
 この学園に来て、慎吾君に出会って、彼を愛したかった。
 慎吾君も私の事を愛してくれるよう、精一杯努力した。
 でも、やっぱり不安だったんだ。
 慎吾君が、私じゃない誰かを選んでしまう事が……。
 視界が霞む。
 やだ、泣いてるの?
 胸が苦しい。
 息が詰まる。
 彼を想うだけで、私はこんなにも――。
「NA〜NAぁ」
 慌てて袖で涙を拭い、うつむいた顔を上げると、廊下の向こうからライムちゃんが走ってきていた。
「よかったぁ。うち、NANAがもう帰ってしもうたんかと心配してたんよ。…NANA? あんた、泣いとるん?」
「な、泣いてなんかいないよ!」
「まさか、あの馬鹿に何かされたんやないやろな?」
「そ、そんな事。彼がする訳ないじゃないか!」
 私はカッとなって言い返した。
「そうかぁ? あいつ、NANAを見る目が怪しいんよ。絶対普通やないわ」
 ライムちゃんは眉を寄せて言い出す。
「ま、むさ苦しい男子寮ん中におれば、NANAみたいな可愛い子を変な目で見てしまうんも解らなくはないんやけどな。
 だからって、あんな奴に気ぃ許したらあかんで。NANAはホンマに可愛いねんから、何されるか解ったもんやないわ。
 ま、あの馬鹿は今頃中庭で待ちぼうけしてるやろうけどな。いい気味や」
 ……中庭で待ちぼうけ?
「ねえ、中庭って…」
「ああ。今日の特別授業ん時な、NANAを迎えに行こう思たら、偶然あの馬鹿に出くわしてもうてな」
 そういえば、今日は一緒に来てくれなかった。その時、ライムちゃんに会ったっていうの?
「そこでな、一度NANAの事できっちり話つけようて、放課後中庭に来るよう言うといたんや。
 ま、うちはその隙にNANAとふたりっきりになろ思て…」
「そんな!」
 じゃあ、慎吾君はライムちゃんと話をつけようとしてたの?
 来るはずのないライムちゃんを待って、もう冬も近いっていうのに中庭で…。
 それって、私のため…だよね。
 慎吾君…。
 これ以上、彼に迷惑をかけられない。


 強い北風が吹き、三つ編みが風とダンスを踊る。
 私とライムちゃんは今、ふたりっきりで屋上へいる。
 屋上から見る景色はとてもキレイで、いつか読んだ少女マンガみたいに、
 慎吾君とここでお弁当を食べられたらいいなって思った。
「うち嬉しいわ。やっとNANAもその気になってくれたんやな」
 彼女は何か勘違いしてるみたいだけど…。
「ごめんなさいライムちゃん。ボク、ライムちゃんとはお付き合いできない」
「へ?」
 何を言われたのか解らないとでも言うように、呆気に取られた顔で私を見返してくる。
「な、何で? うちのどこがあかんの…?」
「ごめんなさい。別にライムちゃんがどうとか、そういう問題じゃないの」
「ほんならどうして…!」
 私はゆっくり深呼吸をし、呼吸を整える。
 冷たい空気が肺を満たし、身体の奥の方がスッとした。
 半月もすれば、もう2度とこの感触を味わえなくなるかもしれないと思うと、少しだけ怖い。
 ライムちゃんの瞳をしっかりと見据え、私は自分の想いを告げる。
「ボクには、慎吾君がいるから……。ボクが1番大好きなのは慎吾君だから、ライムちゃんとは付き合えないの」
「な…何やてぇっ!?」
 これでもかって程の叫び声を上げ、彼女は私の両肩を掴んでくる。
「な、な、NANA!? やっぱりあんた、あの馬鹿に変な事されたんじゃ…」
 変な事、はしてるけど…。
「ああ! やっぱりあいつがNANAをそっちの世界へ引きずり込んだんか!?
 NANA、正気に戻りっ! 男同士やなんて、そんなのおかしいわ!
 女のうちやったら、NANAにいーっぱい色んな事してやれる。
 でもあの馬鹿は男や、NANAになーんもしてやれへん!!」
「そんな事ない! 慎吾君は私にいーっぱい色んな事してくれるし、ボクだって彼のためなら何だって出来るもん!
 それに、最初はボクの方から慎吾君を押し倒したんだから!!」
 つい言い返したら、それっきりライムちゃんは黙り込んでしまった。
 私も次に何を言えばいいのか解らず、互いに見つめ合ったまま沈黙の時間が流れる。
 ライムちゃん、目を丸くして私を見つめてるけど…。
 私、何か変な事言ったかしら?
 ただ私が慎吾君をどう思っているのか言って、慎吾君が私に色んな事してくれてるって言って……あ。
 やだ、私ったら…何て恥ずかしい事を言っちゃったんだろう!
 慎吾君と私が何をしてるかなんて…でも私達は好き合っているんだし、何だか照れちゃうな。
 でもこれでライムちゃんも、私と慎吾君の事を解ってくれるよね…?
 ライムちゃんは私の肩から手を下ろし、笑顔を浮かべて私から離れる。
「そーゆー事なん。解った、もう何も言えへん。まあ周りもうるさいやろし、障害も多いやろうけど頑張りや」
 夕陽をバックに、屋上から去っていくライムちゃん。
「はあ。しっかしまさかNANAの方からやったとはなぁ……」
 本当にごめんなさい。
 もし私が女の子としてこの学園へ来ていたのなら、普通の女友達になれたかもしれないのに…。
 私は屋上の柵にもたれかかり、ふと眼下の景色を眺める。
 ……と、中庭に人影があった。
「ああ! 慎吾君、まだライムちゃんを待ってるんだ!!」
 私は急いで中庭に向かった。


 慎吾君は中庭の花壇の前にしゃがみ込み、花を眺めていた。
「……はぁ、何やってんだかなー俺」
 気づかれないようにこっそりと、私は彼の背後に忍び寄る。
「こんな事ならライムなんか無視して、NANAと一緒に帰ってやりゃよかった」
 うふふ。そんな事を考えてくれてるんだ。
 私はニコニコと笑顔を浮かべながら、彼の背後に立つ。
「NANAに悪い事したな」
 大きく息を吸い込んで……。
「身体も冷えてきたし、帰ったら…」
 彼の耳元に口を近づけ、お腹の底から力いっぱい叫ぶ。
「わっ!!」
「!?」
 慎吾君はビックリして飛び上がり、バランスを崩して花壇の中に倒れそうになる。
「危ない!」
 私はとっさに彼の腕を掴み、力いっぱい引き寄せる。
 すると、慎吾君が抱きつくように私に覆いかぶさってくる。
 ちょっぴり重かったけど、彼の匂い、彼の体温が伝わってくる。
「な、NANA!? どうしてここに…」
「えへへ、迎えに来ちゃった」
 私から身体を離し、困惑した顔で見つめてくる。
「迎えに…って」
「さっきね、ライムちゃんに会ったの」
「ライムに!?」
「うん。それでね、ちゃんとお話をしたの。ボクは君とは付き合えないって」
「……そうか」
 ちょっとビックリしてたけど、彼の顔がホッとした表情に変わる。
「これ以上ボクのせいで、君が特別授業に遅れたりするのも嫌だったし」
「ま、これでやっとライムから開放されたってわけだ」
「ライムちゃんには、ちょっと悪い事しちゃったけど」
「いーんだって、あんな奴」
「でもね、私にはあなたがいるんだからって話したら、ちゃんと解ってくれたんだよ。そんな悪い子じゃないよ」
「…俺がいるからって言って、断ったのか?」
「うん! ちょっとビックリしてたけど」
 なぜか眉間に拳を当て、何事かを考え込む慎吾君。
「あの…どうしたの?」
「……何でもない」
 私、また自分でも気づかないうちに何かしちゃったのかな…?
 でも慎吾君はすぐに笑いかけ、私の頭にポンと手を乗せる。
「寒いから早く帰ろうぜ、NANA」
「うん!」
 そのまま歩き出す慎吾君に置いてかれまいと、私も一緒に歩き出す。
 慎吾君は私に歩幅を合わせ、ゆっくり歩いてくれた。
「結局、俺って待ち損だなー」
「ごめんね、寒かった?」
 私は寒くないようにと、彼の腕にしがみつく。
「どう? あったかい?」
「…ああ」
 何だか慎吾君の頬が赤い気がする。
 夕陽のせいかな、それともやっぱり寒かったせい?
「…NANA」
 校門を出たあたりで、慎吾君が遠慮がちに話しかけてくる。
「なぁに?」
「部屋に戻ったらさ、あたたかくしような」
「うん!」
「NANAがあっためてくれよ」
「うん! …って、それってどういう……」
「昨日も一昨日も疲れてたしさ、今日は…な? ベッドの中で……」
「それって…」
 それが何なのか気づき、私は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
「いいだろ? NANA」
 ニッコリと笑って微笑みかけてくる慎吾君。
 そんな顔されたら、断れないよぉ……。




 おまけ

「おーい、入るぞーっ」
 勢いよくドアを開け、太陽君が部屋に入ってくる。
「よっ!!」
「よ、よう……」
 元気よく声をかける太陽君とは逆に、慎吾君は戸惑いながら返事をする。
「あの、太陽君。えっと…何か用?」
「おうっ。今夜はパーッとマージャン大会ぶちかますんだぁ」
「マージャン大会ーっ?」
「それで、あの…呼びに来てくれたの? だったらボク達その…悪いけど…」
「呼びに来たんじゃないって」
「ホッ…そうなんだ」
 よかった。
 これから慎吾君と…って時に来たから、ビックリしちゃった。
「ここでやるんだよ〜ンッ!!」
 太陽君が、面白そうに叫ぶ。
「なっ…」
「えぇぇーっ!!」
 結局、その日の夜は彼と……出来なかった。
 マージャン大会が終わった後も時間はあったのだけれど、大会で準優勝した私は、
 太陽君に渡された謎のドリンクを飲んで倒れてしまったからだ。
(ちなみに優勝は、途中で乱入してきた管理人のおばさん)
 病院(慎吾君には実家って言ってある)から帰ってくるまで、おあずけかぁ。
 ……楽しみにしてたのにな、なんて事は、恥ずかしくて言えない。




〜おしまい〜



初めて書いたSSです。(初めての連続その3)
ライムルートの12日のお話で、最愛のNANAメインの物語。
1日か2日で書いた駄文ではありますが、皆様に読んでいただければ幸いです。
(というか会員登録した日に書き始めて、翌日の夜に投稿)
ちなみに、タイトルと話の内容は一致してないかもしれません(汗)
ええと、私は同人活動やらは一切行なっておりません。
(というか一緒に活動するような仲間もおりませんし、私だけでは無理だし)
ですから私の駄文が読めるのは、今のところParty Partyだけです。
まだまだ未熟ではありますが、どうぞ宜しくお願いします。
SUMI様