漢のロマン
「漢のロマン」





学校が終わった後、すぐに寮の自室へと戻り、
その勢いでパッと着替えをすまし、
大急ぎで昨日買った雑誌に目を通し始める。
「ふ〜ん…男の子って、こういうのがいいんだ。」
その雑誌の名前は、『The・漢』。
たとえ今は男装してると言っても、本当は女の子である私には
必要のない雑誌…のはずなんだけど、
慎吾くんがどういうものに興味があるのか、
普段どういう本を読んでいるのかが知りたいから、
つい思い切って買っちゃった。
「私にはあんまりわからないけど…でも、慎吾くんもこういうのが好きなら、
私も思い切ってやっちゃおうかなっ。」
タイトルとは違って、中には可愛い女の子や、服がいっぱい載ってる雑誌『The・漢』。
女の子が、人差し指を口元にあてたり、小首を傾げたり、
胸の谷間を強調したポーズをとったりと、
どのページを見ても、『漢』とは遠くかけ離れてる気がする。
けど、『漢』がこういうのが好きなんだとしたら、
当然慎吾くんも好きなんだと思う。
だから、私も早速こういう格好や仕草で慎吾くんに迫るんだっ。
「うん、そのために早く帰ってきたんだもんね…慎吾くんがクラブから
帰ってくるまでに準備しなきゃ!」






「う〜ん…どうしよう?」
お家から持ってきた荷物、元々この部屋にあったもの(つまり慎吾くんの持ち物)、
両方捜してみたけど、なかなかいいものが見つからない。
あの本に載ってた、『ネコ耳バンド』とか、『にくきゅ〜手袋』とかなんてないし…。
エプロンだって持ってきてないから、裸エプロンなんていうのも出来ない。
「明日にでも、エプロンとかネコ耳の材料でも買ってこようかな?」
そんなことを考えながらタンスの中をあれこれ捜していると、
ちょうどいいものを発見した。
そう、これなら何も特別なことをしなくても、
簡単に慎吾くんの好きそうな格好や仕草が出来るかもしれない。
「うん、きっと慎吾くんも満足してくれるよね。」
自分で言って自分で頷きながら、ちょっと想像してみる。
『NANA、その格好…。』
『うん、慎吾くんのためにこんな格好してるんだよ♪どう?似合うかな?』
『NANA、可愛いよ。そうやって小首をかしげて、
上目遣いなんてしてくるところがもう最高だよ。』
『あ…やだもう、そんなはっきり言われると…。』
『NANA…。』
『慎吾くん…。』
ああっ、もうっ!
…私ったらなんて…。
あまりに大胆で恥ずかしい妄想に、思わず両頬を手で覆い隠し、
ブンブンッと顔を左右に振る。
うん、でも…これなら大丈夫、絶対慎吾くんは気に入ってくれるよね。
「よ〜し、そうと決まったら早速着替えようっと。」





「ん、我ながら上出来。って、普通に着ただけなんだけどね。」
私が見つけ出して、身にまとっている服。
それは、どこにでもあるような、普通のワイシャツ。
ただ違うのは、これが男物で、私にとってはダボダボでブカブカってこと。
そして、ワイシャツの下には何も着ていないし、ズボンも…。
そう、いわゆる『裸ワイシャツ』と呼ばれている格好。
男の子は、こういうのにすごく胸がときめくって雑誌には書いてあった。
だから、私がこの格好で出迎えれば、慎吾くんだってきっと…。
「ああっ、もう…また顔が火照ってきちゃった。」
私がまた頬に手をあてて悶えていると、
部屋の外から男の子の声が聞こえてきた。
太陽くんだ…じゃあ、もうクラブが終わる時間なのね。
ということは、そろそろ慎吾くんも帰ってくるかもしれない。
ああ、早く帰ってこないかなぁ〜。





ガチャッ、と軽く音を立てて、ゆっくりと部屋の扉が開いていく。
そこから顔を覗かせてくるのは、もちろん──
「おっすNANA〜、慎吾はいるか?そろそろ飯…
っておおっ!?NANA、お前なんて格好してるんだよ!?」
「いや〜〜〜っ!!太陽くんのバカァ〜!!」
ドアの隙間から顔を覗かせていた太陽くんの首をガシッとつかみ、
強引に部屋の中へと引きずり込む。
「おお、NANA!?いきなり何を──」
太陽くんの言葉を無視し、
そしてそのままエイッ、と背中に背負い、
そのまま部屋の外目がけ、太陽くんを思いっきり投げ飛ばす。
「ぐはぁぁっ!!」
ダンッ!!と鈍い音と、太陽くんの悲痛な声が聞こえてくる。
壁で思いっきり背中を打ったみたい。
けど、もう知らない!!
「な、何すんだよNANA〜…。」
「だって、太陽くんが悪いんだからねっ!!」
「お、俺が何か…気に障ることでもしたのか…?」
「ふんっ、だ。自分の胸に訊いてみれば?」
ついつい頬を膨らませちゃう。
慎吾くんが帰ってきたときも怒ってたら、ヤだなぁ。
だって、怒ってるところなんて、慎吾くんに見られたくないもん。
…うん、ここはやっぱり私から…。





「…しょうがないから、許してあげるっ。けど、今度からはちゃんとノックしてね?」
やむを得ず、太陽くんを助け起こしてあげる。
いきなり投げた私も悪いところがあるもんね。
それに、慎吾くんが帰ってきたとき、部屋の前に太陽くんが倒れてたら
びっくりしちゃうだろうし。
「…それにしてもNANA、お前、脚綺麗だよな〜。男の俺からみてもそう思うぜ〜。」
え…脚?
…!!?
「い、いや〜〜〜っ!!太陽くんの、バカバカバカ〜ッ!!
この…すけべ〜〜〜っ!!」
「うおっ!?NANA、ちょっと待っ…。」
助け起こそうと掴んだ太陽くんの腕を肩に担ぎ、
そのままもう一度投げの体制をとり、もう一度投げ飛ばす。
「もう、今度は手加減なんてしてあげないんだからっ!!えい、や〜〜〜っ!」
「おい、ちょっと待て…グゲッ!!」
ドシン、と鈍く重い音とともに、
太陽くんの大きな体は廊下へと落ちる。
2回も投げたのに、誰も様子を見に来ないなんて、奇跡みたい。
「ぐっ…痛っ…くっ…ぐっ…!!」
もう声も出ないらしく、背中を押さえながら右に転がっては壁にぶつかり、
左に転がっては壁にぶつかり…なんだか、ちょっと可哀想かも。
「でも、自業自得なんだからね?人の脚をジロジロ見るから…。」
「お、れは…そ、そなつも…りは…。」
涙目になりながら、訴えかけてくる太陽くん。
本当に痛そうだけど、でもやっぱりあんなこと言う太陽くんが悪いんだよね?






「はぁ…この格好、失敗だったのかなぁ?」
あの後、太陽くんを廊下の隅の物置の前へと運んで、
そのまま大急ぎで自室へと戻ってきた。
多分、すぐに誰かが見つけてくれると思うし。
もちろん、その過程を誰にも見つかってないところが、我ながらすごいと思う。
「もう、着替えちゃおうかな。」
椅子に腰をおろし机に頬杖をついたまま、ぼんやりとそんなことを考える。
でも、慎吾くんが見てくれたら…さらにさらに、『可愛いよ』
なんて言われたら、とか考えると、やっぱり今この格好をやめるわけにはいかないよね?
うん、後もう少し…もう少しだけ、この格好で──
「ふぅ…ただいま〜。NANA、遅くなってごめんな。」
「慎吾くんっおかえりなさいっ!!」
後ろから聞こえてきたドアの開く音、
そしてその後の優しい声に、思わず大声を出しちゃった。
だって、ずっと待ってたんだもん。
「おお、ただい──NANA、その格好…。」
「うんっ。『裸ワイシャツ』だって。本に載ってたの。
どう、似合うかな?」
少しでも早く見て欲しくて、ずっと待ってたんだよ。
『似合うよ』『可愛いよ』って言って欲しくて、
ずっとずっと、あなたの帰りを待ってたんだよ。
そんな想いを込めて、慎吾くんの胸に抱きつく。
その胸はとても分厚くて、たくましくて、どこか優しくて。
だからついつい、甘えたくなっちゃう。
「NANA…もしかして、俺のために…?」
「うんっ。男の子ってこういうのが好きだって本に書いてたの。
だから、ずっとこの格好で待ってたんだよ。」
「そっか。ありがとな、NANA。」
慎吾くんはそう優しく呟くと、私の頭にソッと手を乗せ、
優しく撫ではじめる。
「うん…ねぇ、似合う?」
ジッ、と上目遣いに慎吾くんを見上げる。
もちろんこれも、『The・漢』の受け売り。
「ああ、似合うよ、NANA。すっごく可愛い。」
「あ…うん、ありがとっ。」
言って欲しかった言葉を聴いて、
思わず慎吾くんの胸に頭をあずけ、こすりけちゃう。
何だか、子猫みたい。
「でもな、NANA…俺は、NANAにはそういう格好はあんまりしてほしくないな。」
え、そんな…だって可愛いって…。
慎吾くんのいきなりの言葉に、私はつい言葉を失ってしまった。





「だって、もし誰かに見られたら困るだろ?」
うっ…『実はもう太陽くんに見られました』
だなんて口が裂けても言えない…。
さらに、見られたからって太陽くんを物置の前に捨ててきちゃっただなんて、
絶対に絶対に言えるわけない…。
「それにさ、ほら…下、裸だろ?風邪ひいちゃうかも知れないしな。
それと…NANAは、そういう格好して俺を喜ばせるより、
自然体でいてほしいんだよな。」
慎吾くん、私の体調のこととかも考えてくれてるんだ。
それって、すごく幸せなことなのかもしれない。
なのに私ったら…。
でも、自然体ってどういうことなんだろう?
「ねぇ、自然体ってどういうことなの?」
「ああ…俺、NANAがいつも見せてくれてる笑顔とか、
優しい心とか、無邪気なところがいいなぁって思ってるからさ。
だから──いつもどおりでいて欲しいなって。」
「いつもどおり?」
「そう、いつもどおりのNANAがいいんだよ。
腕にしがみついてきて、そのまま頭こすりつけてきて…。
何かあるたびに『慎吾くんっ』って甘えてきてさ。」
「ヤだもうっ…それじゃ私が子供みたいじゃない!」
プウッ、と頬を膨らませ、睨みつける。
だって、私もう18歳なのにそんな子供みたいに言うんだもん。
「それが、NANAらしくていいんだよ。だから、な?
着替えて、またいつものNANAっぽくしてくれよ。」
そう言いながら、慎吾くんはギュッと私を強く抱きしめてくれる。
ああ──温かい。
そう、慎吾くんはいつも私に気を遣ってくれているんだ。
私の正体がばれないか、とか、風邪をひいたりしないか、とか。
そんな優しい慎吾くんが、私は大好き。
だから、色々と慎吾くんが喜ぶことを探したんだけど…。
もしかしたら私がいるだけで、慎吾くんは喜んでくれているのかもしれない。
だって、こんなに強く、優しく抱きしめてくれているんだもの。
「慎吾くん…私、今すごく幸せ。」
「ん…そっか。」
うん、すごく幸せ…だって、一番大好きな人が
すぐそばにいるんだもの。
ずっと、ずっとこの幸せな時間が続けばいいのに。




〜END〜


NANAの視点の話はほとんど書いたことがないので、
ちょっとアレですが、どうぞよろしくお願いいたします。
克雪様