怪談CHU!


 ふと、ロウソク越しに座る太陽と澪ちゃんの顔を見る。
 この手の話に強そうな太陽も、真剣な顔をして聞き入っている。
 澪ちゃんの顔にも、僅かに緊張の色が浮かんでいるような。
 これじゃあ、他のメンバーの様子なんか見なくても解るな。
「皆、注意しろよ。なんで姉貴の所へ、その男の幽霊が現れたのか。
 それはな、この話にはこんな曰くがある。
 この話を聞いた奴の所に、
 その晩その男が殺しにやって来るんだ。
 当然その幽霊は俺の所にも――」
 とその時、これまたタイミング良く雷が落ちる。
 すぐ近くに落ちたのか、閃光から1秒と経たず落雷の轟音が鳴り響く。
「「「「キャアアァァァ―――――――ッ!!」」」」
 次の瞬間、俺の身体に衝撃が走った。
 何が起きたかというと、まず俺の右隣に座っていたNANAが、俺の右腕に力一杯しがみついて来た。
 そして左隣に座っていた若菜ちゃんも俺の左腕にしがみついている。
 さらにその上から美月が、若菜ちゃんごと俺の左腕にしがみついて来ていた。
 そして俺の正面、なぜか光が半泣き状態で俺の胸に抱きついていた。
「いやぁっ! 幽霊さん、来ないで欲しいですぅっ!」
 と、若菜ちゃん。
「殺されたくないよ! 慎吾助けてーっ!」
 と、美月。
「うわーんっ! 慎吾くーんっ!」
 と、NANA。
「ヒイィッ! 幽霊なんか嫌いだぁ! 助けてくれ〜っ!」
 …と、光。
 確かに話を聞いたらその幽霊が殺しにやって来るってのは恐いけど、過剰反応しすぎだろ…。
 それにしても、さすがに4人に抱きつかれるの重い。押し潰されそうだ。
「太陽、澪ちゃん、助け…」
 てはくれなさそうだった。
 太陽は若菜ちゃんに抱きつかれている俺を、嫉妬に歪んだ形相で睨みつけてるし。
 澪ちゃんは何故か氷の美女の名に相応しい絶対零度の視線を投げかけている。
 なんで澪ちゃんまで…。もしや太陽と同じくヤキモチか?
 突如、何の前触れもなく雑貨屋のドアが開け放たれる。
 俺に抱きついている4人は、俺の耳元でさらなる絶叫を上げる。
「み、皆落ち着いてくれぇ!」
 という俺の叫びは、4人の声に簡単に飲み込まれてしまった。
 恐怖の絶叫が支配する店内に、場違いな間延びした声が、やけにはっきりと聞こえてきた。
「おやぁ〜? みなさん、こんな所で何をしているんですかぁ?」
 それはまさに、救世主の登場であった。
 救世主の名は、寮のおばちゃん。
 …名、なのか?


 おばちゃんが言うには、買い物帰りに潰れた雑貨屋から明かりが見えたので覗いてみたそうだ。
 丁度その頃雨足が軽くなっていたので、俺達は傘をさして寮に帰った。
 俺の怪談のせいか、薄暗い雑貨屋の中に居るのが耐えられなくなったようだ。
 一応皆には、幽霊への対処法を教えておいた。
 それは眠る時に、自分の寝ている場所と部屋の入り口の間に水を入れたコップを置いておけば、
 幽霊はコップの前で引き返すというものだ。
 太陽と澪ちゃんはともかく、他の皆は置くだろうなぁ。コップ。
 寮に帰った俺達は、身体を温めるため風呂に入り(当然NANAは俺達が入った後)晩飯を食べて自室に戻った。
 それにしても、今日は色々と疲れたなぁ。
「NANA。俺、そろそろ寝るよ」
「あ、うん…」
 アレ? なんだか元気がないな。
「NANAはどうする? NANAも寝るんだったら、電気消したいんだけど…」
「うん。その…、ねぇ」
「どうした?」
「一緒に寝ても…いい?」
「別にいいけど…なんで?」
 とは言ったものの、なんとなく予想はついている。
「その…。慎吾君のお話、思い出しちゃって…」
 やっぱりな。
「あの…本当にお化け来るの?」
 NANAの奴、本気で信じてら。
 ま、NANAや若菜ちゃん(と光)は信じちゃうと思ってたけど
「大丈夫だって。あのお化けは水が苦手だから、こんな雨の日は現れないよ」
 窓の外は、再び力強さを取り戻した豪雨が降り注いでいる。
「う、うん…。
 でもやっぱり、念のため水の入ったコップ置いておこうよ。そうすると来ないんでしょ? お化け」
「来ないっつーか、来ても引き返すんだけど…今日は雨降ってるから大丈夫だって」
「うう…」
 …不安そうに俺を見つめてくるNANA。
 う〜ん、さすがに悪い気がしてきたなぁ。
 俺達は電気を消し寝巻きに着替え、ベッドの下の段に一緒に入った。
 NANAはやっぱり幽霊が恐いのか、俺のTシャツを握り締めている。
 俺はNANAを安心させてやるために、そっと抱きしめてやる。
 NANAの柔らかい身体から温もりを感じ、髪からはシャンプーの香りがする。
「NANA。これさ、他の連中には内緒な」
 耳元でそっと囁くと、NANAはきょとんとした顔で俺を見つめてきた。
「例の、姉貴が体験した心霊現象だけどさ」
 NANAの顔が強張り、ギュッと俺の身体に抱きついてくる。
「実はさ。アレ、姉貴の作り話」
「…へ?」
「姉貴があんまりリアルに話すんで、最初は俺もすっげぇ恐がってたけど。
 実際幽霊なんか来なかったし、姉貴に問いただしたら笑われちまったよ。あんなの信じてたのかって」
 NANAの顔から緊張が消え、安堵したように微笑む。
「よかったぁ…」
 そんなNANAを見ていると、俺まで嬉しくなってくる。
「でも、他の皆には作り話だって教えなくていいの?」
「いーんだって、せいぜい恐がらせとけよ」
「うん…。伊集院君、大丈夫かなぁ?」
 …光か。
 案外、あいつもNANAみたいに1人で寝るのが恐いからって、太陽のベッドに入ってたり…。
 ま、男同士でそんな気色悪い事はしないか。
「ところでNANA。幽霊の話が嘘だって解って、もう恐くなくなっただろ? もう、1人でも平気だよな」
「え? そ、それは…その…」
 NANAは目を泳がせ、しばらく逡巡した後、言った。
「今日は、その、一緒に…」
「解ったよ」
 俺はNANAの髪を撫で、額に軽くキスする。
 NANAは頬を紅く染め、恥ずかしそうに微笑んだ。
「なあ、NANA。やっぱりまだ恐いか?」
「…うん。でもね、慎吾君と一緒だから…大丈夫だよ」
「そっか」
 俺は幸せ者だな。NANAに、こんなにも想われてるなんて。
 …しかし、こうして怯えるNANAも可愛いな。
 姉貴お勧めのホラー映画のビデオでも借りてきて、一緒に観てみようかな?
 恐がるNANAが俺の手を握って…。
 悪くないな。




 おまけ
「…光」
「何だ?」
「そんな所にコップなんか置くなよ。つまづいたらどーすんだ」
「何を言っているんだ! お前は、幽霊に殺されてもいいのか!?」
「…だからってな、10個も置いてんじゃねぇよ」


「須藤さん。借りていた本を返しに来たんだけど…」
「ちょっと待って、今ドアを開けるわ」
「はい、これ。…須藤さん、どうして床にコップが置いてあるの?」
「これは…その、ちょっとね」


「し〜ん〜ご〜」
「よう美月。…どうした?」
「どうしたじゃないわよ! 昨日、あんたの実家に電話させてもらったわ。
何よ! あの怪談、お姉さんの作り話じゃない!」
「何だ、やっと気付いたのか。普通もっと早く気付くだろ? 明らかに嘘臭い話だったし」
「何よ馬鹿ァッ! あたし…本当に恐かったんだからねっ! 若菜だって昨日は…」
「ああ、若菜ちゃんには悪い事したなぁ。後で謝っとくよ。
 それにしても知らなかったな。まさか美月の姉御ともあろうお方が、たかが怪談に怯えるなんてな」
「お、怯えてなんかいないわよ!」
「そうだ。今度の校内新聞さ、心霊現象特集でもやろうぜ。俺も手伝うよ」
「ふ、ふざけないで!」
「そーいや部長が雑誌の心霊特集のページを真剣に読んでるところ見た事あるなぁ。早速部長に頼んでこよう」
「ぜ…絶対に嫌ぁ―――――――っ!!」


「おやぁ? あの〜、ちょっとそこの方、よろしいでしょうかぁ?」
「はい、なんでしょう?」
「ここに建っていた雑貨屋ですが。閉店したのは知っていましたが、いつの間に建物までなくなっちゃったんですかぁ?」
「ああ。それなら1週間前に解体業者の人が――」
「そうですか、どうもありがとうございました〜。
 …それにしてもおかしいですね、昨日は確かにお店があった気がしたんですが。
 橘君達を拾ったのも、あの雑貨屋だったはずなんですし…。
 まあ酷い豪雨でしたから、多分違う建物と間違えたんでしょうねぇ。そうでなくては、説明が付きませんから」





〜終〜







今回は一部ホラーですが、苦手な人は読まなくても大丈夫なように書きました。
(たいして恐くないかもしれませんが)
幽霊の話は創作ですのでご安心ください。
夜1人じゃ恐くて眠れないNANAが一番書きたかったシーンです。
ある意味、今回一番活躍したのは慎吾君のお姉さんです(^^)
SUMI様