遠足大騒動!

「遠足大騒動!」





「ふぅ、やっと山頂か。」
「うん、楽しかったねっ♪」
鷹宰学園の遠足で登山に来た慎吾たち。
バスに乗って麓(ふもと)まで来たのち、わざわざ歩いて山頂まで登って来たのだ。
普通は遠足ならば遊園地やら水族館やらに行ってもよさそうなものなのだが、
鷹宰では『健全なる精神は健全なる肉体に宿る』という
古人の格言を重んじているため、わざわざ山登りを実行したというわけだ。
それにしても、男の子の慎吾がぐったりしているというのに、
男装している女の子であるNANAが
こんなにも元気にはしゃいでいるというのはどういうことだろうか?
「いやぁ、絶景だな〜。なぁ、NANA。」
「うん、すごい綺麗だね〜。」
同じく元気はつらつの太陽と共に景色を堪能するNANA。
その隣には、ぐったりした慎吾と光。
普段運動をしないとこうなるんだぞ、といういい見本のようだ。
「はい、あんまりチョロチョロ動かないで。
点呼をとりますからね。」
担任である仁科弥生の声に、慎吾たちは列を作りそのまま点呼をとり始めた。





「全員いるようね、それじゃあ今から自由行動にします。
もちろん、女子も来てるけど、あんまり無茶な行動には出ないように。
遠足も、学園内同様男女交際には厳しいですからね。
ただ、せっかくの遠足ですから、多少の会話等は大目にみますが。」
彼らが登ってきたこの山──傲来山(ごうらいざん)──には二つの道がある。
その道にはコレといった差はなく、普通に登れる程度の道だ。
そこに目をつけた鷹宰の教師たちは、してやったりと言った感じで
この山を遠足の場所に指定したのだ。
もちろん、生徒たちは男女が二つの道に分かれることに対して
不満に思ったのだが、それを口にすれば教師たちから目をつけられることは必至。
生徒たちは全員、二手に分かれることに賛成せざるを得ないのだった。
「いい?あんまり遠くまで行っちゃダメよ?3時にはここを出るから、
それまでに戻ってくること。それと、くどいようだけど
絶対に女の子たちと必要以上にくっつかないこと。じゃあ、解散!」
弥生の話が終わると同時に、生徒たちは一斉に散っていく。
もちろん、せっかくの遠足に男同士だけでグループを組むものなどいるはずもなく、
飢えた男連中は一目散に女の子たちのいる方へと向かっていくのだった。
「ハァ…私の話、聞いてたのかしら?」
頭を抱え、ため息をつく弥生を尻目に、狼たちは走り続ける。





「NANA〜ん…なんや、またあんたかい。」
NANAをみつけ、ものすごい勢いで駆けつけてきたライム。
しかしその目に映ったのはいつもの邪魔者、慎吾の姿だった。
正確には、太陽と光も一緒にいるのだが、
ライムの目には愛しいNANAとライバルの慎吾しか映っていないようだ。
「ひどい嫌われようだな…。」
「当たり前やろ、いつもいつもNANAのまわりをウロチョロしよって。」
「あ、あはは…。」
ライムの慎吾に対する鋭い眼光に、苦笑いを浮かべるNANA。
思い切って本当のことを打ち明ければ円くおさまるのだが…。
「な〜、NANA〜。うちと一緒にお昼食べよ〜。」
満面の笑みを浮かべながら、
NANAの華奢な腕にギュッと抱きつく。
当然ライムも担任にきつく注意されているはずなのだが、
やはり男子たち同様、あまり話を聞いていなかったのだろうか。
あるいは、話を聞いていてもNANAへの想いがそれを上回っているのかもしれない。
「ライム、あんまりベタベタするなよ──ヒッ…。」
さっきよりも鋭い眼差しで睨まれた慎吾は、
思わず後ずさりをしてしまう。
「うちはNANAと話をしとるんや。
あんたは引っ込んどき。」
「へい…。」
「そ、そんなぁ〜。慎吾く〜ん…。」
可愛らしく、甘い声で助けを求めるNANAに、
ライムはその頬を紅潮させていく。
その横では、あまりにも弱い慎吾に呆れた顔の太陽と光。
もう少しがんばれよ、とでも言いたそうだ。
「いや〜ん、泣きそうなNANAも可愛いわ〜。」
「ちょっ…ライムちゃん、離してよ〜。」
抱きつき、ほお擦りするライムにNANAは必死に抵抗する。
が、それ以上にライムは強く、なかなか離れようとはしない。
「ね、慎吾くん…助けてよ〜。」
NANAが慎吾の腕にギュッと抱きつく。
が、まるで狙っていたかのように、
美月と若菜、澪がそれぞれカバンを抱えながら近づいてきた。





「ねぇ慎吾、一緒に──ごめんなさい、お邪魔だったみたいね。」
「ち、違うんだ美月!!」
クルッときびすを返して帰っていく美月の背中に声をかける。
本当は女の子とはいえ、ここではNANAは男の子だ。
ただでさえやばい噂を流される寸前なのに、
新聞部の美月に誤解されては変な情報が流されかねない。
「何が違うってのよ。そんなに仲良さそうなのに。」
「いや、だから…そ、それより後ろの2人は?」
「あ、この2人?説明するから、ちょっと離れてくれる?」
「?」
美月に声をかけられたNANAは、キョトンとしながらも
慎吾から離れていく。
さすがのNANAもようやく状況を理解したようだ。
「あはは…そ、それよりあなた…君たちは?」
「うん、今から説明するわ。
あたしは『佐伯 美月』新聞部所属。
一応、慎吾の幼馴染ってことになってるわね。」
一瞬、NANAの表情が曇る。
慎吾とのメールのやりとりの最中、幾度となく出来てたその女の子が、
今こうして目の前に現れたのだから、無理もないことだ。
ましてや、相手は慎吾とは気心の知れた幼馴染。
自分にとって、これほどのライバルはいないだろう。
そんなNANAの心も知らず、美月は紹介を進めていく。
「この緑の髪が綺麗な子は、『樋口 若菜』ちゃん。
園芸部と愛鳥同好会に入ってる、とっても優しくて素直な、可愛い子よ。」
「お、おう…。」
美月は、太陽や光たちには一切目もくれず、慎吾に向かって
若菜のことをしきりに話し続ける。
説明されている当の本人、若菜も顔を赤らめ、俯いてしまうほどだ。
「それに、とってもピュアで、男の子に声をかけられでもしたら───」
「若菜ちゃん、久しぶりだな〜。元気にしてたか?」
「あ、え、えっと…そ、その…ご、ごめんなさいっ!!!」
突然太陽に声をかけられた若菜は思わず頭をさげ、
そのまま来た方向へと全速力で駆け出してしまった。
「───こんな風に顔を真っ赤にして、思わず逃げて──って若菜〜〜!!」
いきなり逃げてしまった若菜を追いかける美月。
もちろん太陽に悪気はなく、
ただ同じ園芸部員(バスケ部をメインにしているため、普段はなかなか顔を出せないでいるのだが)
である若菜に声をかけただけなのだが。
「ごめん須藤さん、先に自己紹介してて〜!」
「え、ええ…。」






「私の名前は『須藤 澪』。決して『すーちゃん』なんかじゃないわ。」
ジロッ、と慎吾を見る澪。
もちろん、普段自分を『すーちゃん』などと呼ぶ慎吾に対してのセリフだ。
自己紹介というのは本来、会ったことのない人に対してするものなのだが…。
「橘くんと伊集院くんは知ってるでしょうから手短に説明するわね。
私はクラブは無所属、特別授業は化学。以上で終わりよ。」
「うわぁ、確かに短いなぁ…まぁいいけどさ。俺、話すの初めてだからもうちょっと…」
「う、うむ…まぁ僕と橘は化学で同じだからな。
特に問題はないといえばないのだが…。」
「な、何よ…私の挨拶、そんなにおかしかった?」
澪が、少し不満そうな表情をしながら慎吾たちを交互に見る。
「えっと…あ、佐伯さんが戻ってきたよ。」
その場を取り繕おうとしたNANAが、正面から歩いてくる美月と若菜を見つけ、
そちらを指差す。
「よう美月、どうだった?」
「た、ただいま…はぁ〜、疲れた…若菜ったら速いのなんのって。」
「ご、ごめんなさい。私ったら…。」
俯いてモジモジとする若菜。
その仕草が太陽にとってはとても可愛く見えるらしく、
嬉しそうに顔をほころばせている。
「若菜ちゃん、いいなぁ…。」
「どうしたの?太陽くん。」
「あ、いやなんでもない…えへへ〜。」
浮かれている太陽に小首をかしげながら、NANAは美月たちのほうへと向き直る。
「ところで、佐伯さんと樋口さん、須藤さんはどういう関係なの?」
「えっとね…あたし新聞部員って言ったでしょ?
でもって、今度の紙面は『天才少女 須藤 澪の勉強方法』
とかにしようと思うのよね。この学園に通っている以上、
いい点を取りたいと思う人がほとんどだろうから。」
「なるほど、だからこの遠足でそれを聞こうとしたってわけか。」
横から慎吾がしゃしゃり出てくる。
「そ、いい機会だと思ってね。
登ってくる途中、一緒にお昼食べる約束したのよ。」
「へぇ〜、そうだったんだ。じゃあ、樋口さんは?」
「うん、この子は…まぁ、あたしの親友だから。
ここに居るのは当然なのよ。」
美月は、しらじらしく目線をNANAからそらす。
若菜が美月の親友だからここにいる、というのは
あながち間違いではないし、
別段NANAに真実を黙っている理由もない。
が、『若菜の慎吾に対する印象をよくするため、ここに連れてきた』
などと、慎吾の前では言えるはずもない。
「いいなぁ〜、親友かぁ〜。」
親友、という言葉にNANAはなぜか笑みを浮かべ、
うらやましそうに美月と若菜を見る。
しかし慎吾の目には、笑みの他にも
どこか悲しみも混じっているように見えた。





「さ、それよりお昼にしましょ。時間がもったいないわ。」
そう言いながら、美月は手際よくかばんからシートを取り出し
みんなの前にそれを敷いていく。
「じゃ、俺たちも。」
慎吾、太陽たちも美月にならい、各々かばんから
シートを出しては敷いていく。
もちろん一緒に食べる以上、あんまり多く敷く必要もないから、
光たちは出さないでいるが。
「さ、お弁当でも食べながら須藤さんの話でも聞きますか。」
「う、うん…。」
どこかぎこちない面持ちで、若菜はかばんから
弁当箱を3つ取り出す。
「何だ若菜ちゃん、顔がこわばってるぞ?」
「え…あ…。」
慎吾に心配されたのが嬉しかったのか、
若菜の顔は一気に赤くなる。
「お、おいおい若菜ちゃん本当に大丈夫か?
熱があるとか…?」
「あ、あはは、この子すぐに顔に出るタイプなのよね。
心配しなくても大丈夫よ、慎吾。」
慌てた美月は、若菜の肩をガシッと掴んで何事か耳打ちする。
「ちょっと若菜落ち着いて。
とりあえず、お弁当食べながら少しずつ慣れるの。」
「う、うん。」
コクコクと頷く若菜に、みんなの視線が集まる。
「…えっと、その…お、お弁当…。」
「おう、そうだそうだ。俺たちも弁当食おうぜ。」
「フン、まったく。もう少し上品に出来んのか?」
「そうだぞ太陽、少しは落ち着いてだなぁ。」
太陽の食欲によって救われた若菜。
ようやく落ち着いたのか、その頬も元通りになってきた。
「へへへ〜。俺、好物ばっかり入れてきたんだ。」
「僕もだ。やはり自分で入れれるというのはいいものだな。」
太陽、光、それに無言のまま澪がそれぞれ弁当箱を取り出す中、
NANAがかばんから弁当箱を二つ取り出す。
もちろん、1つは愛する人のため丹精込めて作り上げたものだ。
「はい慎吾くんっ。」
「あ、ああサンキュー。」
ニコニコと無邪気な笑顔で弁当箱を慎吾に差し出すNANAと、
照れながらそれを受け取る慎吾。
その様子はさながら新婚そのものだ。
「ちょっ…NANA〜、なんでそんなヤツのためにお弁当を〜…。」
「あ、あはは…。」
「NANA〜、うちが作ったお弁当一緒に食べよ〜。」
「え、いいよ、ボク自分で作ってあるし──」
「ほら、うちのお弁当可愛いやろ〜?」
かばんから2つ弁当箱を取り出し、
1つをNANAの眼前に差し出す。
「お、おいライム、NANAが困ってるじゃないか。」
コクコク、と小さく何度も頷くNANA。
さりげなく、その細い腕を慎吾の腕に回す。
「あなた達、少し様子がおかしいわよ?」
2人の男の子同士にしては妙な態度に疑問を感じたのか、
澪が慎吾をジッと見据える。
「な、何もおかしくないよ。な、NANA?」
「え?う、うん何もおかしいことなんかないよ?」
「そう?だったらいいけど…。」
そう言いながら、自分の弁当箱に手をつけはじめる。
すでに太陽と光は順調に箸が進んでいるらしく、
自分達の分は半分近くにまで減っていた。





大分慣れてきたのか、若菜もNANAになら
少しだが話が出来るようになってきた頃。
美月は澪と新聞記事の内容について語り合り、
他のみんなも各々普段話せない男女のことについて、
あれこれ話を始めている。
そんな中、太陽の弁当箱はすでに空になっており、
箸を口にくわえて物足りなさそうにしている。
「あ、あの…よかったら、これも…。」
若菜は、誰に言うでもなく3つある弁当箱の1つを
みんなの真ん中に置く。
3つのうちの2つは言うまでもなく若菜と美月の分で、
それらはすでに2人の手の中にある。
何故3つ作ったのかは言うまでもなく、
『男子と一緒に食べるのだから1つ多めでもいい』
という美月の判断によるものである。
「おお〜、若菜ちゃんの手作り〜♪」
嬉しそうな声を発しながら、太陽は箸を差し出された弁当箱へと伸ばしていく。
「ム…では頂くとしよう。」
同時に光の箸もまた、若菜の弁当箱へと伸びていく。
どうやら弁当箱ごと自分の方へと寄せようとしたのか、
カツッ、と軽い音を立てながら、
弁当箱の端と端へと触れる太陽と光の箸。
と同時に、2人の目線が会う。
「…光ちゃ〜ん、その箸邪魔なんだけどなぁ〜?」
「…あさましい男め。早くその箸をどけたまえ。」
2人の熱い眼差しを見て、澪も美月も若菜も、
あきれ果てた様子で事の成り行きを眺めている。
「ね、ねぇ慎吾くん…ケンカとかしないよね?」
「…こんなバカげたことでケンカするようなら、俺はこいつらの親友をやめるね。」
のんきに弁当を食べ続ける慎吾をよそに、
太陽と光の攻防は激しさを増していく。
「い、いい加減その汚らしい箸をどけたまえ。」
「お前こそ、帰って高級おフランス料理でも食ってろよ。」
若菜が出した弁当箱が、まるで綱引きの綱のように
太陽側に寄っては光側に、
光側に寄っては太陽側に寄っていく。
2人の力が拮抗しているということだろう。
が、その2人にもついに決着がつくときが訪れた。
「──そのお弁当、あたしが作ったんだけど?」
パッ、と太陽の手が弁当箱から離れる。
「ム!?」
あまりにも一瞬の出来事だったため反応しきれなかったのか、
光が力を入れっぱなしだったために、
若菜が差し出した美月お手製の弁当は
シートを越え、水面を流れる小船のごとく
軽やかに芝生の上をすべっていく。
もちろん、弁当箱の中身を撒き散らしながら。
その様子を一同、沈黙を保ったまま静かに見つめる。
「──若菜が作ったものは奪い合うのに、あたしが
作ったものだとあんな扱いになるんだ?」
「い、いや…その…。」
「伊集院くん、ちゃんとあたしのお弁当箱拾ってきなさいよ!」
「違う、僕が悪いんじゃないだろう?太陽が手を離すから…。」
光は責任転嫁をするため、太陽の方を指差す。
もちろん、指を指された太陽は目を大きく見開いて
驚いた表情を見せる。
「お、俺が悪いのかよ!?」
「うん、今のは太陽くんが悪いよ。ね、慎吾くん?」
「ん?そうだなぁ、太陽のせいだな。」
「そうね、川崎くんが手を離さなければ、佐伯さんのお弁当箱は
あんなことにならずに済んだんですもの。」
NANAの意見に、全員首を縦に振る。
声には出さないものの、ライム、若菜、当然光も同意見らしい。
「うう…わかったよ、拾ってくればいいんだろ。」
全員の視線を一人で浴びつつ、太陽が重い腰を上げ、
美月の弁当箱と飛散した中身を拾いにいく。






「う〜…ちょっと眠くなってきた。」
太陽が弁当箱と中身を回収し(もちろん中身はゴミ袋行きとなったのだが)
ようやく一息つき始めた頃。
NANAが目をこすりながら、なにやら眠そうな声で
慎吾にもたれかかっていく。
「おいNANA?」
「う〜ん…おなか一杯になったから、眠くなっちゃった。
ねぇ、ひざ借りていいかな?」
「ん…ちょっとなら。」
「うんっ!」
返事を聞くなり、慎吾のひざにその小さな頭をトンッと乗せ、
まるで子猫のように甘えるNANA。
その仕草が実に愛らしく、
同じ女の子であるはずの美月たちまで、見とれてしまっている。
「おやすみ〜…」
「ああ〜ん、NANA〜、なんでそいつのひざまくらで〜!?
普通、女の子の膝枕とちゃうの!?」
ライムが、NANAに文句を言いながら慎吾をキッと睨みつける。
まったくもって不条理なのだが、
嫉妬する女の子というのはやはりそういうものなのだろう。
それが、『好きな男の子を、男に取られた』とあってはなおのこと。
「まぁ落ち着いてよリーガンさん。」
「そ、そうですよ、こんなところで暴れたら先生に怒られちゃう…。」
美月、若菜がライムをなだめ、場を取り繕おうとするが、
ライムの怒りはなかなか収まりそうにない。
しかし、そんなことなどお構いなしに、
NANAの静かな寝息が聞こえてきた。
「スー…スー…」
NANAはかなり寝つきがよく、
ライムが騒いでいたほんの数分で眠りについてしまったのだ。
「あ〜ん、可愛いわ〜、NANAの寝顔〜。」
慎吾への不条理な怒りはどこへやら、
NANAの寝顔を見た途端、ライムはその愛くるしい寝顔を
覗き込むことに夢中になってしまった。
それは止めようとしていた美月、若菜はもとより、
傍観していた澪、太陽、光も同じで、
各々顔を赤らめたり、あるいは顔をそむけたりしている。
「う〜ん、確かに男の子とは思えぬ寝顔よね。ね、若菜?」
「え?う、うん…女の子みたい。」
「そうね、とても男の子とは思えないわ。」
素直な女性陣に対し、太陽と光は赤くなった顔を背ける。
可愛くて、つい見とれてしまっていながらも、
やはりそれを認めるわけにはいかないのだろう。
「はぁ〜、うちもう我慢できんわ…。」
ライムが、覗き込んでいた自分の顔をゆっくりとNANAの顔へと近づけていく。





「NANA…。」
チュッ、という可愛らしい音とともに、
ライムの唇がNANAの唇を奪う。
そのあまりにも急で、衝撃的な事態に、慎吾たちは呆然とする。
「ン…ンン…。」
柔らかな頬にソッと手を伸ばし、激しいキスを続けるライム。
一度はあきらめたが、やはり完全にはあきらめ切れなかったのだろう。
今までの想いを込めているため、長くディープなキスだ。
「ん──んんんっ!!?」
ライムによる熱く長いキスのせいで、目を覚ましたNANA。
だが、目を覚ました自分の唇を、
かつて一度奪ったライムによって再び奪われているなどと
誰が予測できただろう。
あまりにもショッキングな出来事に、一瞬我を忘れてしまう。
「…ハッ!?な、NANA!!」
しばらく事態を飲み込めず呆然としていた慎吾が、
ライムの魔の手ならぬ魔の唇からNANAを救うべくようやく動き出した。
その慎吾が合図になったのか、太陽や美月たちもようやく動き始める。
「おいライム、やめろ!!っていうか、俺のひざの上で暴れんな!」
「ちょっとリーガンさん、さすがにそれはまずいって!!」
「そうよりーガンさん。あなた退学になってもいいの!?」
慌ててライムをNANAから引き剥がそうとするものの、
一向に離れる様子はない。
NANAも何とかしようとがんばっているのだが、
やはり慎吾のひざの上、思いっきり暴れるわけにもいかない上に
押し倒されている形となっているため思うように力が入らない。
「ん〜、ん〜!!」
「ンッ……ふぅ、NANAの唇、柔らかかったわ〜。」
ようやくおさまったのか、ライムが自分からソッと離れる。
その表情はさっきまでとは打って変わって清々しく、
まさに一仕事終えてビールを飲み干した後の父親のようだ。
「はぁ、はぁ、はぁ…う、ううっ、ボクのサードキスが…
セカンドに続いてサードまでライムちゃんに奪われちゃった。」
半分泣きながらしょんぼりとするNANA。
が、ライムを初め、その場にいる全員がNANAの
『サードキス』という言葉に耳を疑う。
「NANA〜、うちがファーストとちゃうの〜!?」
「う、うん。」
「へ〜、誰?あたしもちょっと気になるな〜。」
ノリ気な美月とは正反対に、若菜は頬を真っ赤に染める。
澪は少し気になるのか、聞いてないフリをしているものの、
目だけはNANAのほうへと向いている。
「えっと…誰って…。」
そう言いながら赤面したNANAの目線は慎吾へと向けられる。
もちろん、ファーストキスは貴方よ、と目で言っているのだ。
「あ、あんた!!またあんたか!?」
さっきまでの清々しい表情はどこへやら、
今度はNANAの膝枕のときと同等、あるいはそれ以上の怒りで
ライムが慎吾の胸倉に掴みかかる。
「ちょっと待て!!こ、これは…。」
「あんた、いくら神崎くんが可愛いからって──あ、な、何でもない…。」
「そうよ、美少年だからってそんな無理矢理──」
美月と澪は顔を赤らめ、フイッと慎吾の居るほうの逆へと顔を背ける。
その隣では、若菜ががっくりと肩を落とし俯いている。
やはり自分が淡い恋心を抱いていた人が、
どんなに相手が可愛らしいとはいえ
男の子とキスをしていたと知っては、落胆せざるをえないのだろう。
「ふむ、やはりやっていたのか。」
「いつかはやると思ってたぜ。」
光、太陽にいたってはライムに油を注ぐかのような発言をする始末だ。
「あ、あんた…ふん、もうええわ。
やっぱりあんたにNANAはやらん、いつかうちがNANAを
普通の道に戻したるわ。
うち、そろそろ友達と待ち合わせの時間やから消えるけど…
もしNANAにいかがわしいことしたら、許さへんからな。」
そういい残し、ライムはその場をさっていく。
まさに、台風のようだ。





「な、なぁ、山彦やらないか?」
ライムが去った後の不穏な空気を察したのか、
太陽がみんなを誘おうと試みる。
「山彦って何?」
「なんだNANA、山彦しらないのか?じゃ俺が教えてやるよ。」
慎吾がNANAに向かって説明を始める。
「山彦ってのは、『妖怪 ヤマビコン』がやってるいたずらなんだ。」
慎吾の幼稚なネーミングセンスに、みんなあきれ果てたといった顔をする。
「よ、妖怪!?すご〜い!!」
無邪気な反応を見せ、はしゃぐNANAを見て慎吾はニヤリと不気味な笑みを浮かべ、
調子にのって話を続ける。
「その妖怪は、赤いショートヘアーに、ヘアバンドをつけててな。
小柄で線の細い女の子の格好をしてるんだが…。」
「う、うん…。」
NANAはいたって真剣に慎吾の説明に耳を傾け、
一方、美月は形のいい眉をピクリと動かす。
「その妖怪、蹴りが強くてな。
でもって、『悪い子はいねが〜、悪い子はいねが〜。』と、包丁を持って──」
「あたしは『なまはげ』だって言いたいの!?」
「グハッ!」
鈍い音とともに、美月の蹴りが慎吾の背中にクリーンヒットする。
慎吾に『蹴りが強い』と言わせるだけのことはあって、
蹴りを繰り出す角度、振りの速さはなかなかのものだ。
「ええ、今のって佐伯さんのことだったの?
じゃあ、佐伯さんが妖怪──」
「違うっ!!ったくもう…あんたが余計なこと言うから、
神崎くんがあたしのことを誤解しちゃってるじゃないの。」
「ご、誤解も何も…ちょっとしたお茶目じゃないか。」
「いいから、きちんと山彦の説明してあげなさいよ。」
「へ〜い。じゃあNANA、ついてこいよ。山彦、見せてやるから。」
「うんっ。」
元気よく返事をしたNANAが、
背中をさすりながら立ち上がる慎吾についていく。





「いくぞ、見てろよ。」
「うんっ。」
慎吾、NANAについてきた太陽、光、美月、澪、若菜。
みんなは山彦がどういうものか知っているため、
特に返事もせず立っているだけだが、
NANAはその大きな瞳をキラキラ輝かせながら慎吾を見つめる。
まさに、初めてマジックを見る無垢な子供のようだ。
「やっほ〜〜〜〜〜〜!!!!」
「何ともまぁ…他にはなかったのか?」
「そうね、あまりにも単純すぎるわね。いい年して『やっほ〜』はないでしょう。」
光、澪の冷たい態度をよそに、山彦がかえってくる。
『やっほ〜…やっほ〜…やっほ〜……』
その山彦を聞いたとたん、NANAの表情がさっきまで以上にキラキラと輝き始める。
「うわぁ〜、すごいすごい!!ねぇ、今のが山彦なの!?」
「ああ、すごいだろ?」
無邪気に喜ぶNANAを見て、慎吾もつられて笑顔になる。
さっきまで妖怪呼ばわりされて拗ねていた美月でさえも、
自然と笑みを浮かべてしまうほどに、NANAの笑顔は可愛いのだ。
「あれが、『妖怪ヤマビコン』なんだね?」
「ぐは…。」
NANAの何気ない一言にダメージを受ける慎吾の肩を、
美月がポンポン、と2、3度軽く叩く。
「──今は神崎くんの無邪気な態度に免じて許しておくけど…
明日、部室で待ってるわね、慎吾くん?」
「…この命尽きるまで、新聞記事を手伝わさせて頂く所存にございます。」
「うん、いい心がけね。」
こうして、NANAの知らないところで
慎吾と美月の新聞作りが約束されたのだった。
『口は災いの元』とはよく言ったものである。
「ねぇねぇ、ボクもやっていい?いい?」
慎吾の腕をグイグイと引っ張り、甘い声を出すNANA。
そんな声と仕草がなんとも言えず可愛らしい。
「神崎くんって本当に可愛いわねぇ、慎吾?」
「う…な、何が言いたい?」
「──あんまり仲良くしてると、変な噂たてられるわよ、ってね。
たとえば『学園新聞の一面』とか。」
「…了解。」
「どうしたの?」
「ああ、なんでもないよ。」
美月との会話が理解できてなかったのか、
NANAの顔には『?』が浮かんでいる。
要は、美月の慎吾へのささやかな仕返しなのだが。
「よ〜し、じゃあ次は俺の番かな。」
太陽が、後ろに若菜がいることを確認してから、
一歩前にでて山彦をする準備をする。





「あ、見て若菜、たぬきがいる!」
「え、本当?あ、可愛い…。」
美月が、すぐそばにある林の中に一匹の子供のたぬきを発見し、
若菜を誘い始める。
澪も女の子だからか、そのたぬきを見てつい笑みをこぼしてしまう。
「あら、澪さんもたぬきが好きなの?若菜も、こういうの好きなのよね〜。」
「え、えっと〜…そ、そうね、まぁまぁかしら。」
「じゃあ、その…い、一緒に行きませんか?」
「え、ええ。そうね、一緒にいきましょうか。
男の子たち、山彦に夢中だし。」
若菜にしては珍しく、自分から澪に声をかける。
その若菜の誘いを、こちらもまた珍しく、素直に受ける澪。
こうして、美月、澪、若菜の三人は『山彦組』から離れるのだった。
もちろん、そんなことになっているとは露知らず、
太陽は果敢に山彦にチャレンジする。
「若菜ちゃ〜〜ん、アイ・ラヴ・ユーーーーー!!」
遠足にきているということが太陽のテンションを上げたのか、
今まで口に出すことすら出来なかった言葉が
なぜか下手な英語となって太陽の口から発せられた。
『アイ・ラヴ・ユーーー…アイ・ラヴ・ユー…ラヴ・ユー……』
山彦が返ってきた後、太陽はクルリと後ろを向く。
もちろん、若菜の返事を聞くために。
しかし、そこにはすでに若菜の姿はなく、
何かしら反応を返してくれるような美月たちの姿さえなく、
それどころか、担任である弥生がまぶしいばかりの笑顔で立っていたのだ。
恐らく、太陽が吼えた直後に飛んできたのだろう。
「や、弥生先生!?」
「フフッ、若気の至りって言うのかしらね?
…ちょっといいかしら?」
「おいっす…。」
「太陽、格好よかったぞ。」
「ああ、お前は本物の漢だぜ、太陽。俺にはあんな真似できねぇよ。」
「…?よくわかんないけど、格好いいよ、太陽くん。」
まるで死刑宣告を受けた囚人のごとくガックリと落ち込んでいる太陽を、
慎吾たちは拍手で見送るのだった。
「お前ら、本当に俺の友達なのかよ〜…。」





「じゃあ、今度こそボクの番だねっ。」
「ああ、がんばれよ。」
「うんっ!!せ〜のっ…。」
NANAはうんと目一杯息を吸い込む。
「ボクの唇返せ〜〜〜!!!」
「ぐあ…。」
さっきの太陽に続いて、NANAまでもが
ここでは叫ばない方がいい内容を叫んだため、
慎吾は頭を抱えてしまう。
『唇返せ〜〜…唇返せ〜…返せ〜……
…お前のものは俺のもの、俺のものも俺のもの〜〜!!!』
突然返ってきた妙な山彦に、
叫んだNANAのみならず慎吾、光も沈黙してしまう。
「し、慎吾く〜ん…。」
「あ、ああ、えっと…もう一回やってみたらどうだ?」
「うん、やってみる。」
常識で考えて、山彦が余計なことを言うはずはない。
ようするに、向こう側の山から誰かが叫んでいるということだ。
それくらいのことは、慎吾でも簡単にわかる。
が、NANAはさっきの『妖怪ヤマビコン』
のせいだと思っているのだろう、顔が少しばかり強張っている。
「ボクのものは、ボクと慎吾くんのものだも〜〜〜ん!!!」
「ハウッ!?な、NANAさん…何をおっしゃって…?」
『ボクと慎吾くん…ボクと慎吾くん…ボクと慎吾くん……
慎吾くんも俺のもの〜…慎吾くんも俺のもの〜…』
山彦が、一番やばそうな部分と余計な部分を繰り返す。
こういう場合、やはり振り向いた先には一番聞かれたくない人が立っているのが相場だろう。
そう思いながら、慎吾はゆっくりと振り向く。
「や、弥生センセ…。」
「どうしてこう、うちのクラスの子たちは…
まさか男の子同士でこんなことになるなんて、やっぱり教育方針が──」
少々呆れ気味の弥生が、慎吾を連行する。
NANAが連行されず、慎吾だけが連行されるというのは、
こういうときの常というものだろう。
その様子を、ただただ見送るだけの光。
しかし、山彦との闘いに夢中になっているNANAは、
そのことに気づく気配はない。
「む、むむむ〜〜!!!慎吾くんは渡さないんだからっ!」
「か、神崎くん、少し落ち着いたらどうだい?」
「大丈夫、ボク落ち着いてるから!」
言葉だけは落ち着いているものの、口調、表情ともに
とても落ち着いているようには見えない。
しかし、光には止める術もなく、
ただ見守ることしか出来ない。
「慎吾くんはわたさな〜〜〜〜い!!」
『慎吾くんはわたさな〜い…慎吾くんはわたさな〜い…わたさな〜い……
くれないなら強引に奪うのみ〜〜…くれないなら強引に…強引に……』
「む、むむ〜〜〜〜!!こ、こうなったら!!」
NANAには何か秘策があるのか、
勝ち誇った笑みを浮かべる。
「む…今の表情、まるであのマージャン大会のときのようだな。」






NANAはス〜ッと大きく息を吸い込み、
全身全霊を込めて『妖怪ヤマビコン』への挑戦を開始する。
「生麦生米生卵、隣の客はよく柿食う客だ、カエルぴょこぴょこみぴょこぴょこ、
合わせてぴょこぴょこむぴょこぴょこ〜〜!!」
「おお、すばらしい。一度もかまずによくもまぁそこまで言えるものだな。」
NANAの早口言葉に、光もしきりに感心してしまう。
『生麦生米生卵、隣の柿はよく客食う客だ、カエルぴょこぴょこびちょこちょこ…』
間違いだらけの山彦が返ってくる。
しかしそれもなぜか途中までだ。
「?」
「む?どうなってるんだ?」
『──舌かんだじゃねぇか〜〜〜〜!!もうやめだ、やってられっか!!』
やはりNANAには勝てなかったのか、
『妖怪ヤマビコン』はあきらめてしまったようだ。
「あはっ、ボクの勝ちっ!!
やった、妖怪をやっつけたよ!
…あれ、慎吾くんは?」
「あ、ああ。橘は、弥生先生に連れて行かれたよ。」
「どうして?」
「そ、それは…まぁ、行ってみればわかるだろう。」
「うん行ってみるね。ありがと。」
NANAは光に向かってニコッと微笑む。
まさに、闘いに勝利した後の清々しい笑顔だ。
こうして、慎吾たちのドタバタな遠足は
『NANA VS 山彦』の、NANAの圧倒的な勝利によって幕を閉じるのだった。




〜終わり〜




第三者視点で書いてるのであんまり
ドタバタした雰囲気をうまく出せなかったので
かなりヘタレな内容ですが、
最後まで読んでくださると嬉しいです。
結構長いので、途中で捨てられそうだ(汗)
克雪