なんとなく



なんとなく



慎吾は、まるで死体の様に仰向けに寝ていた。
 濁った瞳で天井を見つめ、手足は神経が絶たれたかの様にぴくりともせず、
 時折思い出したかの様にする瞬きと弱々しい呼吸が生きていることを教える。
 どれくらいそうしていただろうか。慎吾は重々しく口を開いた。
「……暇だ……」
「何やってんのあんた?」
 声のした方に顔を向けると、夏美がいた。
「いや、暇で」
「ならNANAちゃんと遊びに行けば?」
「それがNANAは三日前に用事があって、まだ帰ってなくてな」
「なら他は?」
「それが美月は記事のまとめ、太陽は部活、光は外国へ旅行、澪ちゃんは勉強。若菜ちゃんも…」
「よーするに、あんたの友達は全員駄目ってワケね」
 冷たい視線とともに、夏美が言う。なぜか思いっきり馬鹿にされた気がした。
「一人で暇ならどこかに行け。ごろごろしてるよりはマシよ」
「あても無くか?」
「外でぶらぶらしてれば意外と見つかるわよ。見つからなくても少しは暇潰しにはなるでしょ」
「……そうだな。そうするか」
 伸びをした後、ふらふらと立ち上がり、外に出かける準備をする。
「じゃ、いってくる」
「いってらっしゃい」
 慎吾が外に出て行くと、夏美は唇の端を吊り上げた。 
「ようやく出て行ったわね……」
 フフフ、と不気味に笑う。
「さ、あいつNANAちゃんとどんな事をしてるのかしらね〜」
 楽しくて仕方がありません。と、ばかりに慎吾の部屋を漁り始める。
 結局夏美も暇で仕方なく、慎吾とNANAがどんな事をしているか調べ上げ、
 それで慎吾の弱みを握ろうという結論に至ったのである。(外道)
「さあ、何が出てくるかな〜」
 今にもケケケと笑いだしそうな雰囲気で、夏美は犯罪行為にふけるのだった。


「さて、どうすっかな」
 前にNANAとの水族館デートの待ち合わせに使ったベンチに座り、慎吾は考えていた。
「……とりあえずゲーセン辺りでも行くか」
 意外とあっさりと目的地が決まる。
 どうやら言った事は本当だったみたいだな。と、犯罪行為にふけこんでる姉に感謝する。
 ゲーセンまでの道程を滞りなく進んでいたが、最後の交差点で信号に引っかかってしまった。
 しかも赤に変わった直後だ。
 ついてねえと思いつつ、慎吾は信号が変わるのを待つ。が、突然視界が真っ暗になった。
「なっ!?」
「だ〜れだ?」
 すぐ後ろからとてもよく知った声が聞こえてきた。
「だ〜れだ?」
 さっきよりむっとした声が同じ事を聞いてきた。
「…NANA?」
 答えると、視界が光を取り戻した。後ろを見ると、少し怒ったNANAがいた。
「だめだよ慎吾くん。だ〜れだ?て聞かれたらすぐ答えないと」
「あ…ああ。悪い」
 妙な迫力に押され、ついつい謝ってしまう。
(じゃなくて!)
「NANA、いったいいつ帰ってきたんだ?何でここに?何であんなことしたんだ?」
「ちょ、ちょっと慎吾くん!?いっぺんに聞かれたら何から答えて言いか解らないよ」
「わ、悪い。ちょっと驚いて……」
 慎吾は深呼吸して気持ちを落ち着けると、改めてNANAに質問した。
「いつ帰ってきたんだ?」
「ついさっきだよ」
「何でここに?」
「暇だったから、ぶらぶらしてたら来ちゃったの」
「暇って…、七瀬はどうしたんだ?」
「疲れてお昼寝してる」
(……NANAが元気なのか、それとも七瀬が体力無いのか……)
 多分両方だろう。そう決めた途端、「酷いよ慎吾くん」と聞こえて気がするが、気のせいだろう。
「で、何であんな事したんだ?」
「あんな事?」
「だ〜れだ?だよ」
「恋人ってあんな事するんでしょ?」
 きょとんとしながら答える。
「いや、しない」
「でも漫画じゃそうやってたよ」
(いつの漫画だそれ!)
 心の中で、渾身の力を込めてツッコむ。
「そういえば慎吾くんは何でここに?」
「俺も暇でぶらぶらしてたんだ」
「そうなんだ……じゃ、今から私とデートしよ!」
「ちょ、NANA。そんな大声で……」
「駄目なの?」
潤んだ瞳で、上目使いで見つめられる。
「いや、そうじゃなくて……ああっ!と、とにかくデートはOKだ!」
「ありがとう慎吾くん!」
 感極まってNANAは抱きつく。が、ここは交差点。
 だ〜れだをやったり大声でデートしようと言ったり抱きついたりすれば注目の的である。
 辺りからは、失笑や羨望、殺気が漂っていた。
「行くぞ、NANA!」
 慎吾はそれらから、逃げる様に立ち去った。(むしろ逃げた)


「で、どこに行くんだ?」
「え?」
 きょとんと慎吾を見上げる。
「デートに行こうって言ったんだから、行きたい所とかあるんだろ?」
「えっと……ごめんなさい、何も考えてないの」
 俯く。そしてこちらの様子を伺うように―なぜか頬を染めつつ―上目使いで見る。
「……慎吾くんと一緒に居られれば、どこでも良かったから……」
(ぐはぁ!!)
 一瞬にして、慎吾は自分の顔が熱くなるのを感じた。その熱を何とかしようと、
 また赤く染まっているであろう顔を見られない様に、そっぽを向いて顔に手を当てる。
(…そうだった。今時ベンチに座ってお喋りで満足する様な奴だった。ならこんな事もありだよな…)
 ハア、と大きな溜め息を吐き、NANAを見る。
「とりあえず商店街に行くか?」
「うん、いいよ!」
 満面の笑みを浮かべ、慎吾の腕に抱きつく。しかしそれだけでは足りないとばかりに、頬も擦り付ける。
 一方慎吾は、押し付けられる柔らかなふくらみに、心の中でガッツポーズを取っていた。
 そのまま商店街の方へ歩いていた慎吾は、ある店の前で立ち止まった。
「ここは……」
 そこはNANAに誕生日プレゼントを買った店だった。あの時と同じく、
 引き寄せられるようにNANAを連れて入って行った。
「いらっしゃいませ〜」
 あの時と同じ店員が、今度は普通に声をかける。
「ゆっくりしていって…あら?」
 店員が慎吾の姿を見ると何かに気付き、そしてNANAの姿を見ると、極上の笑顔を浮かべる。
「その子が彼女ですか?」
「なっ!?」
「えっ!?」
 慎吾とNANAは共に顔を紅く染め、そんな二人を見て、店員がニコニコと笑う。
「そうなんですねー。いやー、ラブラブですねー」
 頬に手を当て、体をくねらせながら、慌てる二人を尻目にいけしゃあしゃあとのたまう。
「何で俺の事覚えてんだ!」
「この店に来る男性なんて、あなただけだったから」
 さらっと笑顔で返される。
「まあそんな訳で謎が解決したことですし、何か買っていってください」
 慎吾の怒りにまったく意に介さず品物を勧める辺り、なかなかイイ性格をしている。
「〜〜〜っ!」
 一方慎吾も、これ以上からかわれないために(怒りに任せて殴りかかる訳にもいかず)、品物に眼を落とす。
「わ〜、これ可愛い」
 置物を見ていたNANAが、眼を輝かせて1つの置物を手に取る。
「ホントだな」
 頷きながらも、しっかりと値段を確かめる。
(!!)
 その値段は、高校生が買えるどころか、光の様な人達が買うような値段だった。
「……他の見てみようか……」
 が、どれもこれも同じような値段ばかりだった。
「…ちょっといいですか」
「何ですか?」
「前に来た時と違って、何か凄く値段が高いんですけど…」
「えっ。……ああ、そういえば品物を入れ替えたんです」
「入れ替えた?」
「ええ。お金持ちの人専用に、私の気紛れで」
 沈黙が辺りを支配する。
「……よくそんなので店やってますね……」
「むっ、これでも売上はかなり良いんですよ。……あんまり失礼な事言ってるとナイフ投げますよ……」
「何か言いました?」
「いえ、何も」
 極上の笑顔を浮かべ、結構マジに考えた台詞を誤魔化す。
「今日の所は何も買えないでしょうし、帰ったらどうでしょう?」
「……そうですね……」
 一つ溜め息を吐き、まだ品物を眺めていたNANAに声をかける。
「ありがとうございました、また来てくださいね」
 店員の言葉を背に、慎吾達は店を出た。


「ごめん、NANA」
「え?」
 店を出た途端、急に謝った慎吾に、NANAは首を傾げる。
「何で謝るの?」
「いや、何も買ってやれなかったから…」
「そんなの全然気にしてないよ!私、言ったでしょ!慎吾くんと一緒に居たいって」
 大袈裟と思える勢いで、必死に否定する。
「解った!解ったからそんな大きな声で言わないでくれ!」
 慎吾は慌てて辺りを見回す。幸い周りに人はおらず、交差点の様な事にはならなかった。
 その事にホッと息を吐き、NANAへ顔を向ける。
「じゃ、初めの予定通り、商店街に行くか」
「うん!」


「う〜、当たらない…」
「まあ、初めてやったのならこんなもんだろ」
 慎吾達は、ゲーセンでガンシューティングをしていた。
結果はNANAの言葉通り、当らなかった為無残な結果だった。
「む〜、もう一回やる!」
「NA、NANA?」
 その時、慎吾はNANAの背中に、燃え盛る炎を見た。ちなみに結果はTOP。
 居合わせた店員は、「ニュ、ニュータイプかっ!?」と言ったそうな。



「おいしい!」
「ああ!」
 二人は新しく出来た店で昼食を取っていた。
「当たりだったな」
「そうだね。あ、慎吾くん、ご飯粒付いてるよ」
「え?…どこだ」
「ここだよ」
 NANAは慎吾の口の横に付いていたご飯粒を取ると、自分の口に放り込んだ。
「……」
「どうしたの?」
「な、なんでもない!」
 赤い顔でそう言うと、残りを一気にかきこむのだった。



(よし、今度は買える)
 シンプルだが、可愛いデザインの髪飾りを手に取り、レジへ歩いてゆく。
「ちょっ、慎吾くん!?」
「何だ、NANA?」
「それ…」
「まあ、俺からのプレゼントだ。置物買えなかったし」
「私、気にしてないよ」
「いや、このままだとメンツが立たんと言うか、格好悪いというか駄目男と言うか…。そんなわけで受け取ってくれ」
「…うん!」