ココロにリボンをかけて
夕陽で赤く染まった放課後の廊下を、2つの人影が歩いている。
冷たい風がガタガタと窓を揺らし、のんびりとした足音をかき消していた。
「悪ぃな、わざわざつき合ってもらって」
「気にしないでよ。それに…1人で中庭へ行くのは、ちょっぴり心細くて」
「確かにそうかもな。まあ向こうも掃除で遅くなるみたいだし、少しくらい寄り道しても大丈夫だろ」
七瀬は仔犬のように慎吾の後をついて歩き、それがまたどうしょうもなく可愛い。
たまにNANAと一緒にいるかのような錯覚に捕らわれ、慎吾が必死に自制している事に七瀬は気づいていない。
成績優秀なくせに、どこか抜けている。
本当にそっくりな姉弟だなぁ…と思っているうちに、目的地にたどり着いた。
「先約って、部活だったの?」
「いや、部活というか…美月に呼び出されててな」
ノックもせずドアを開けると、慎吾の幼馴染みが机の上に置かれた箱を見つめて頭を抱えていた。
箱は、緑の包装紙と黄色のリボンで結ばれている。
「よう、美月」
「あ、来たんだ…」
自分で呼んだくせに、美月は戸惑っているように見えた。
「約束どおり来てやったぞ。用って何だよ? まさかとは思うけど…バレンタインのチョコか?」
と、包みを見て言う。
「ハハ…その、当ったり〜」
と、包みを持って笑う。
「意外だな。毎年恒例の義理チョコとはいえ、今年はチョコのやり取りも禁止だろ?
停学の危険を犯してまでチョコをくれるだなんて、何か裏がありそうだな」
「こ、これは…先生に禁止って言われる前に買っちゃって、捨てるくらいならあんたに上げちゃおうと思ったからなのっ」
「自分で食ったらいいんじゃないか?」
「もうっ、なんでそういう事言うかな…。幼馴染みの厚意なんだから、素直に受け取りなさいっ」
美月はチョコを慎吾の胸に押しつけ、顔をグイッと寄せてきた。
「いい? そのチョコレート…残したら承知しないからねっ!」
「わ、解ったよ」
脅すかのような強い口調で言う美月に、思わず首を縦に振る。
それを見た美月は、ポケットからもう1つ小さな箱を取り出した。
「で、こっちが神崎君の分」
「へ?」
まさかあまり面識のない美月からチョコをもらえるとは思っていなかったため、七瀬は目を丸くしてチョコを見つめた。
「あ、あの。いいんですか?」
「いーのいーの。いつも慎吾の面倒見てくれてるお礼なんだから、受け取ってよ」
最初は戸惑いがちだったものの、何だかんだいって嬉しかったようで、七瀬は快くチョコを受け取った。
「あの…ありがとうございます」
「どういたしましてっ」
「七瀬、ホワイトデーは覚悟しとかないと後が恐いぞ」
「何ですってぇ〜?」
眉をつり上げ、鋭い眼光を放ちながら美月は慎吾を睨つけた。
「ホントの事だろ? 七瀬、今日からホワイトデーに向けて厳し〜い倹約生活を送らされるぞ」
「あんたねぇ、あたしを何だと思ってるのよっ! 神崎君、ホワイトデーの事なんか気にしなくていいからねっ」
「じゃあ俺もホワイトデーは気にしない事にするよ」
「あんたは倍返しよっ!」
「やなこった」
どんどん険悪なムードになっていく中、七瀬は冷や汗をかきながら2人を見比べた。
――何とかして仲直りさせないと。
そんな使命感を燃やす七瀬だったが、慎吾と美月にとっては、喧嘩というより毎度おなじみのふざけあい。
七瀬の気苦労は杞憂に終わる事になる。
しばらくふざけ合った後。
慎吾は新聞部部室を後にしながら、美月からのチョコが例年に比べ大きい事に気づく。
けれど、たまにはそういう年もあるだろうと、たいして気に留めなかった。
そして慎吾と七瀬を見送りながら、美月はホッと胸を撫でおろしていた。
(やれやれ…無事あいつに若菜のチョコを渡せてよかった。
おかげであたしの用意したチョコは神崎君行きになっちゃったけど…自分で食べるよりはマシだし。
それに彼のおかげで慎吾の手間が減って感謝してるのは事実なんだから、
素直で可愛い神崎君にならチョコを渡してよかったって思えるかな)