ドタバタ・バレンタインパニック in 男子棟




そこには、フリフリドレスも愛らしい太陽の姿があった。
それは、鷹宰祭で着用していた服であり、
また、若菜のバースディパーティで女装した時にも着ていたものだ。
体をクネクネ動かし、両手を頬に当てている仕草自体は
それなりに可愛げもあるのだが、
体育会系のごつい体にはまるで似合っておらず、
どこからどう見ても女の子には見えない。
「あいつ、教室に入る気か」
「む、ムゥ…出てきて正解だったな。
勅使河原たちには悪いが…」
「勅使河原くん…隣のクラスから遊びに来たのにね」
「よりにもよって、一番最悪のタイミングで遊びに来たな、あいつも」
そうこう言っているうちに、太陽が教室のドアに手を伸ばす。
中にいる勅使河原たちにとって一生忘れることの出来ない、
悪夢の時間の始まりだ───。





「あ〜、神崎の女装かぁ。
あいつ小さくて、細っこくて、それでいて柔らかくて。
肌も綺麗で、顔もちっちゃいし目は大きいし、髪サラサラだし、
声も可愛らしいしで…ほんと、神様が性別間違えたとしか思えないんだよな。
ああ、楽しみだなぁ。あいつが女装して戻ってくるの」
「まったくだ。なんせ『美少年好き』の相良がずっと目をつけてるし、
それに鷹宰祭のときの女装もかなりのものだったからな。
一瞬本物の女の子かと思ったくらいだし。
ああ、チョコを渡してくれたら、絶対抱きしめちまいそうだぜ〜。
ギュッ、てしたら、壊れそうで怖いよな♪」
今まさにドアの前に立っている悪夢を知る由もなく、
幸せな夢を見ている勅使河原たち。
そんなつかの間の幸せを打ち破るようにドアが勢いよく開かれ、
そこから女装した太陽が姿を現した。
「うっふ〜〜〜ん、お・ま・た・せ〜
みんなのアイドル、ミス鷹宰の太陽子ちゃんでぇ〜っす
「うわ〜〜〜ぁ、デケェーーーーー!!
ってか、ゴツッ!!めっちゃゴツイよコイツ!!
小柄な女の子は!?ねぇ、抱きしめたら壊れちゃいそうなコはどこよ!?
キメ細かい肌は!サラサラの髪は!!可愛い声は!?
俺たちの心のオアシス、
男子棟の一服の清涼剤は一体どこに行ったのYO!?」
「お、落ち着けって勅使河原!!
おい川崎、お前も何してんだよ!?」
「いや〜ん、今は『太陽子ちゃん』って呼んで〜ん
ほらぁ、こんなこともあろうかと、ちゃんとチョコも用意してたんだからぁん
「何なんだよ、『こんなこともあろうかと』って!?
お前、はじめから女装する気満々だったってのか!?
そりゃそうだよな、そのフリフリドレスまだ持ってるんだからよぉ!!」
怒声をあげる勅使河原だが、
太陽はノラリクラリとそれをかわし、
他のクラスメートたちへとウインクやら投げキッスやらを投げかけていく。
もちろん、そんなものを受け取る者など一人もいないが。
「Booooooo〜〜〜〜!!!」
「Booooooo〜〜〜〜!Booooooo〜〜〜〜!!」
当然のことながら、ブーイングの嵐が巻き起こる。
しかしそんなことにはおかまいなしで、
太陽は眼前でにらみを利かせてくる勅使河原を
おもむろに抱きしめだした。
しかも、その筋肉がつまった太い腕で、思いっきり。
「げぇっ!?な、何しやがる…」
「フフッ、照れちゃって、テッシーったら可愛いっ
「ざけんな!!誰がテッシーだっ!!!」
「あら〜、俺──あたしにそんな口きいていいのか・し・ら!?
「ぐああああぁぁぁぁ…!!!」
勅使河原の、耳を貫くような鋭い悲鳴を聞きながら、
ふいに喜多川が大声を出す。
「ああっ、わかったぞ!
橘と伊集院、あいつら、
こうなることがわかってたんだ!!
だから真っ先に逃げやがったんだな…ちゃっかり神崎を連れて。
なぁ勅使河原、あいつらなかなかやるじゃねぇか。
お前もそう思うだろ?」
「やかましいっ!んなこたぁいいからとっととコイツを止めやがれ!!
グギギギギ…痛い、痛いっ!!背骨が折れる〜〜〜〜!!」
「さ〜て…テッシーの次は、誰を抱きしめてあげようかしら
あ、そうそう、はいチョコ
勅使河原の口に、包装されたままのチョコを放り込み、
次なる獲物を探し始める太陽子。
まさに、野獣と呼ぶにふさわしい形相だ。
「く…くそっ!!来るなら来いっ!」
「よ、余計なこと言うなよ…うわぁ、本当に来た!?」





「う〜ん、喜多川のやつ、鋭いな」
「いや、普通気付くだろう」
「そ、そうだね…ボクたち、絶妙なタイミングで出てきたしね」
角から教室の前まで移動し、窓の下に座り込んで
室内の様子を耳を頼りに探る三人。
あくまで聞くだけであって、覗き見る勇気まではないようだ。
「この中、まさに『阿鼻叫喚』ってやつだろうなぁ」
「確か、阿鼻地獄がどうとかいう、むごたらしい様子を指し示す言葉だったか」
「あ、あははは…」
中の人間に聞こえないように、小声で話す。
万が一バレてしまったなら、太陽子の標的になってしまう可能性があるからだ。
「しかしアレだな、太陽にも困ったもんだな」
「まったくだ。僕や七瀬くんのように美しければともかく──
いや、僕には女装する趣味はないが───」
光の言葉を遮り、頭上の窓が開く音が聞こえてくる。
恐らく光たちが話していた声が教室の中の連中に聞こえたのだろう。
「おい、やっぱ伊集院たちがいたぞ!!」
「てめえら、よくもっ!」
「し、しまった、バレたっ!!!おい光、ドアを閉めろっ!
七瀬、お前は窓だ、そっちのドアは俺が担当するから!!」
慎吾の声に、光はドアへと向かい、七瀬も今開けられている窓を強引に閉める。
そして、もう片方のドアへは慎吾自身が閉めに向かう。
しかし、当然窓は一つだけでなく、残った窓が後3つあるわけで。
「ぐっ…絶対こいつらを出すわけにはいかん!!
太陽子の餌食になるのは、中の人間だけで十分だろ」
「橘の言うとおりだ。しかし、なんて馬鹿力だ。
このままでは…それに、窓があと3つある。
連中が気付くのも時間の問題だろうな」
光たちの心配とは裏腹に、中の連中は閉められたドアと窓に夢中で、
窓が3つ残っていることに気付いていない。
まるで、えさに群がるハイエナのごとく、
3人が押さえつけているドアと窓にしか集まっていないのだ。
「おい、出せよっ!!俺たちがどうなってもいいのか!?
勅使河原なんて、『テッシー』とか呼ばれて、
ほお擦りされて頬にキスされて、つい今しがたオチちまったんだぞ!?」
「そうだそうだ、ちなみに今、俺たちの後ろでは
喜多川が抱きしめられて、泡ふいてるんだぞ!
次は俺たちが──げぇ、来たーーーー!!
おい、開けろ、開けろ、開けろってばよ!!」
大声で怒鳴りつけてくる生徒たちが、次々に後ろへと引っ張られていく。
引っ張っているのはもちろん、太陽子だ。
「は〜い、あ〜んして
「ぐえっ、苦し…」
「やばい、マジでやばいって…あ、おい、よく見たら窓があと3つあるぞ。」
「ちいっ、気付きやがった!!おい、通りすがりのみんな!!
窓を閉めるのを手伝ってくれ!!俺たちだけじゃ限界なんだ!」
慎吾の呼びかけに、通りすがりの生徒たちが駆けつけてくる。
なかには、この騒ぎが何事かと様子を見ていたもの達もいるようだが。
「この中に、女装太陽がいるんだ。
しかも、チョコを食らわし、抱きしめてはほお擦りとキスの繰り返し…」
「な、何ぃ!?それはまた、はた迷惑な!!
危険なことこの上ない猛獣じゃないか!
よしみんな、手伝ってくれ!」
気のいい生徒が、他の生徒に呼びかけ、
その生徒がまた他の生徒を呼び、
ほんの数秒で十数人の生徒たちが慎吾たちの教室の
出入りできそうなところをすべて封鎖した。
「ちいっ!他のクラスの連中まで…!!」
「卑怯だぞ橘──うわ、こっちにまで太陽が来やがったぞ!」
「はぁ〜い、お・ま・た・せ
太陽子の後ろには、10人以上が倒れている。
すべて、口に包装されたままのチョコが入れられており、
なかには泡を吐いているものまでいる始末だ。
そして今まさに、新たな犠牲者がでようとしている。
「ぐっ…く、来るな、来るな〜〜!!」
「あ、あっち行け!!や、やめ…ああああ〜〜〜〜〜〜〜!!!」
悲痛な悲鳴とともに、一番最前列にまで避難していた連中までもが、
太陽子に引きずられていく。
「悪く思わないでくれ…これも、俺たちが生き残るためなのだ」
「うむ、弱肉強食だな。
それもこれも、太陽の行動に気付かなかったキミたちが
僕たちよりも弱かった、ただそれだけのことなのだからな」
「ハハ…慎吾くんたちがみんなに教えてあげればよかっただけなんだけどね…」
こうして、花のない男子棟のバレンタインは
モテない男子生徒たちの断末魔の悲鳴と共に
バッドエンドを迎えたのだった。
もちろんこの後、『太陽子出現』を教えなかった慎吾と光が
クラスメートたちから非難を受け、
騒ぎを起こした太陽が廊下に立たされたことは言うまでもない。
結局無事だったのは、七瀬一人だけだったのだ──。




 END





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