紫苑
いくつもある思い出の中の1つ。
曖昧な記憶でありながら、ある一部分だけは鮮明に思い出せる。
どこかの大きな公園。
あたしの腕の中にはスケッチブック。
あたしの目の前には紫の花壇。
あたしの隣には幼馴染み。
「やめとけよ美月。花壇なんてかなり面倒なんじゃないか?」
「誰がこの花を描くって言ったのよ。こんなの一本一本描いてたら、絶対時間内に仕上がらないじゃない。
あたしが見ていたのはそこの立て札。花の名前と、花言葉が書いあったから」
「花言葉〜?」
奇妙な物でも見るような目で、あいつは呆れた口調で言った。
「お前、いつからそんな乙女チックな奴になったんだよ…」
「もうっ。花言葉を知る機会なんて全然ないから、ちょっと見てただけじゃない」
「似合わねぇ」
「悪かったわねっ!」
ありきたりの風景。見慣れた光景。
あたし達は、こんな関係を今までずっと続けてきた。
花壇から離れる前に、もう一度だけ立て札を見る。
結構キレイな花言葉だな、と思った。
黄色い花芯を細かく包む、無数の花びら。
1つの茎の先に群集して咲いている薄紫。
紫の花。その名前は…。