秘密の日記を見ませんか?〜美月の場合〜


―― CASE T ――
氷の美女 須藤澪


ルームメイトの樋口若菜は、なぜか学園トップの成績を誇る須藤澪さんと仲が良い。
おかげであたしも彼女と仲良くなれた。
だから今日の宿題を解くために、須藤さんからノートを数枚借りた。
その中に彼女の日記帳が紛れ込んでいたのである。
……日記を発見し様々な葛藤が生まれたが、その答えは前記の通り。
あたしは誘惑に負けて日記帳を開いた。



○月×日(月)

今日は待ちに待った特別授業。橘君と一緒にお勉強ができる貴重な時間。
今朝は念入りに身だしなみを整え、下着も一番可愛いのを用意した。
橘君との特別授業が待ち遠しくて、今日の授業の内容なんて頭に入ってこない。
そもそも週末中に予習は済ませてあるのだから問題無いわね。
特別授業の時間になると、大急ぎで化学室へ向かう。
橘君の教室は化学室から離れているので、授業開始間際になってやっと教室に入ってきた。
いつも一緒にいる伊集院君が羨ましい。
私は彼がいつも座る指定席の隣を、すなわち伊集院君の席をすでに陣取っている。
おかげで伊集院君がいつもと違う席に座る事になったけれどどうでもいい。
授業中、橘君が少しでも首をかしげたら私はそっと小声で授業内容を解説する。
そのたび橘君はニッコリ笑って「さんきゅ、澪ちゃん」と言ってくれる。まさに至福のひととき。
今日は7回「さんきゅ」とお礼を言われ、13回「澪ちゃん」と呼ばれた。
また自由実験でもやって、彼とペアを組めないかしら?
今度化学の教師に適当な理由をつけて頼んでみよう。学年トップの私の頼みなら無下にはできないでしょうね。
授業終了後、廊下で伊集院君が橘君の肩に手を置いて親しげに何かを語りかけていた。
私の橘君に馴れ馴れしい真似をしないで欲しい。
以前仕返しとして『伊集院光はホモだ』と噂を流してやったけれど、
かえって女子生徒のファンが増えてしまった事を思い出す。苛立たしい。
しかも伊集院×橘君で妄想する馬鹿もいるらしいわ。ふざけないで。
橘君×神崎君の方がずっとステキじゃないっ!



○月△日(水)

授業の進行上、自由実験をやる余裕は無いと化学教師が言った。
仕方ないので裏工作をしようと思う。
今日も橘君は授業開始間際に化学室へ滑り込んだ。
もっと早く来てくれれば授業前にお話ができるのに、残念。
今日の橘君はちょっと元気が無いみたい。
心配して訊ねてみると、昨晩伊集院君と川崎君が彼の部屋を襲撃したらしい。
神崎君と一緒に勉強をしていたのに、二人の馬鹿のせいで飲み会になってしまったのですって。
人の足を引っ張るだなんて何を考えているのかと腹立たしくなり、
伊集院君の目の前で薬の入ったフラスコを割ってやったわ。
残念な事に薬は彼にかからなかった。少しでも浴びていれば面白い事になっていたのに。
けれど橘君が私の事を心配してくれた。
「フラスコを割るだなんて、私の体調が悪いんじゃないか?」って。
それと指を切ってないかって、私の手をぎゅっと握ってくれた。
どこか切っておけば、彼が指を口に含んで舐めてくれたかもしれないと思うと残念でならない。



○月□日(金)

裏工作が成功し、今日からペアでの自由実験が決定した。
化学教師もやはり自分の教師生命は惜しいらしい。一生を棒に振らずにすんだのだから、懸命な判断ね。
さっそく橘君とペアを組もうと思ったけれど、恥ずかしくて声をかけられない。
でも前回は私も彼も最後まで残っちゃって、仕方なく組む事になったのだから、今回も大丈夫よね。
と思っていると、伊集院君が橘君に「組まないか?」と声をかけた。

   仕方ないので伊集院君を眠らせた。

これで早くても放課後までは目覚めないでしょうね、下手すれば一生……。
保健室へ運ばれた伊集院君を見送りながら、私は勇気を出して橘君を誘った。
橘君は快くペアを引き受けてくれた。今後の特別授業は至福の時間になるはず。
今日は実験内容を二人で相談して決めた。
この前は私が一人で勝手に決めちゃったから、今回は彼の意見を尊重。
実験内容が決まった後、まだ授業終了まで時間があったので軽い雑談を交わす。
橘君は、朝は和食派らしい。
という事はプロポーズは「毎朝君の作った味噌汁が食べたい」って言うのかしら?
和食派という事は、結婚式も白無垢の方が喜ばれるかな?
それとも結婚式は別で、やっぱりウェディングドレス?
そんな事を考えていたら、授業が終わってしまった。もっとお話がしたかったのに、残念。
授業後、廊下を歩いていると、窓から救急車が見えた。
保健室から誰かが連れて行かれたけれど、遠かったので誰かまでは解らない。
まあ橘君と樋口さん以外の誰がくたばろうと知った事じゃないし。



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