可愛いぺっとは好きですか?


相変わらず、七瀬くんが鷹宰に通ってるという設定のもとで話が展開してます。
結構長い話になってしまいましたが、最後まで読んでくださると嬉しいです。
克雪様






「可愛いぺっとは好きですか?」







「お〜い、これ見てくれよ〜。」
朝のHRが始まるまでの、唯一のゆとりの時間。
なのに、太陽のバカでかい声がその時間を台無しにする。
来た早々、やかましいヤツだ。
「なんだよ太陽、うるせえなぁ。」
「まぁそう言うなって、ほら。」
椅子に座って光と話をしていた俺の机の上に、太陽が一枚の紙切れを置く。
いかにも期待に満ち溢れた眼差しで俺を見下ろしているため、
やむを得ず俺はその紙に目を通すことにした。
「何々…『あなたは催眠術を信じますか?どんな人にも、
たちどころに催眠術をかけてみせます!!』」
「随分とベタな内容だな。」
「ああ、まったくだ。もう少しひねりが欲しいところだな。」
「フッ。言いたいことはそれだけか?」
俺と光が不満を言い出したから、絶対ブツブツ文句を言うと思ったのに。
何だこの人を小バカにしているかのような態度は。
「よ〜く読んでみろよお前ら。」
太陽が指さした場所を、俺はもう一度声に出して読み始める。
「『あなたの可愛い彼女、かっこいい彼氏も、
私の催眠術で一瞬にして可愛らしい子猫、子犬などの小動物に!!
オプションとして各種小動物の耳、しっぽのアクセサリー付きです。』」
俺の言葉に、一瞬だが光がピクリと反応する。
ナルシストのくせに、もしかしてこういうのに興味があるんだろうか。
しかし、かく言う俺も正直そそられてしまう。
NANA…猫耳になったらさぞ可愛いんだろうな。
「行くか。」
「おう、お前ならそう言うと思ってたぜ。」
「う、うむ。僕も同行させてもらおうか。」
俺たちの会話の中に、女の子たちを誘うと言う言葉は出てこなかった。
が、しかし、これは暗黙の了解というヤツだ。
当然、放課後NANAとそのお供たちを誘うのが絶対条件となっている。
と、俺たちが男同士の結束を確かめ合っていると、
教室のドアが開かれる音がした。
「あ、太陽くん。おはよう。」
朝一番に先生に呼ばれていた七瀬が、教室に帰ってきたようだ。
出来れば七瀬も誘ってやりたいところだが、
NANAの猫耳姿を弟のこいつに見せるわけにはいかない。
「おい慎吾、光。ちょっと耳かせ。」
太陽の言葉に、俺たちは耳を太陽の方へと傾ける。
「──フ〜ッ。」
「アンッ…。」
「ンッ…。」
太陽が吹きかけた息で、思わず俺と光は感じてしまった。






「────え〜…俺が何が言いたかったかってぇとだな。」
両頬に拳の跡をつけた太陽が、不服そうな眼差しで俺と光を睨みつけている。
自業自得だというのに、何だこの嫌な視線は。
「た、太陽くん、大丈夫?」
七瀬が両手を口元にあて、『あわわわ…』と言わんばかりの顔で
ジッと太陽を見上げている。
「ああ、なんとか大丈夫だ…まったくひどい話だよな?」
「う、うん。よくわかんないけど、いきなり殴るのはひどいよ、2人とも。」
「…ところで太陽、話は?」
「ああ、ちょっと耳かせ。」
「今度余計なことしたら、拳の跡がつくだけじゃすまないぞ。」
俺の言葉に、太陽は両頬を撫で始める。
ダブルパンチがかなり効いたようだ。
「七瀬はちょっとそこで待機な。ほら慎吾、光──。」
太陽の言葉に一応従い、耳を貸す。
「───っての、どうだ?」
「ん〜…そうだな、結構いいかもな。似合うと思うし。」
「う、うむ…悔しいが、僕には似合わないだろうからな。
その点、七瀬くんなら…。」
俺たちの小声の会話に、七瀬は小首を傾げながらキョトンとした眼差しを送ってくる。
「よし七瀬、今日放課後ちょっと寄り道しようぜ。」
「うん、いいけど…どこに行くの?」
「ひ・み・CHU!」
「?」





「よし、ついた。」
放課後、女子寮近辺で待ち伏せしていた俺たちは、
一緒に帰ってきていたNANA、美月、澪ちゃん、若菜ちゃん、おまけにライムを
強引にこの催眠術の館へと連れてきた。
館の名前は、『眠鈴(みんれい)の館』。
この『眠鈴』というのは、恐らく催眠術師の名前だろう。
場所的には町外れにある小さな商店街の隣の筋ということもあって、
この近くには全然見知った顔がない。
恐らく、先生たちもいないはずだろう。
「さ、入ろうぜ。」
先頭を歩く太陽について、俺たちも中に入っていく。
「はぁ、何事かと思えば催眠術だなんて。」
美月が、あきれ果てたと言った表情で大きなため息をつく。
「そう?私、楽しそうだと思うけどな〜。」
NANAが、嬉しそうに俺を見上げてニッコリ微笑みかけてくる。
なぜ美月の方を見ないでこっちを見る…。
「そうだよな、面白そうだよな。じゃあ入ろうか、NANA。」
俺が誘うと、NANAは嬉しそうに俺の腕にしがみついてくる。
腕にあたる胸の感触と、細く華奢な腕の感触が何とも言えずたまらない。
「はぁ…早く終わらせて、帰りましょう。」
澪ちゃんが、美月に負けないくらい大きなため息をつきながら
俺たちの後についてくる。
女の子はこういうのが好きだと思ったんだがなぁ…。






廊下を進んでいくと、大きな扉が見えてきた。
この先に催眠術師がいるのだろう。
先頭を歩いていた太陽が、その扉をゆっくりと開いた。
全体に赤いカーテンで飾られた、大きな部屋。
恐らく、教室1つ分は優にあるであろうその奥に
机に両肘をついて、一人の若い女性が座っている。
長い黒髪がきれいな、20代前半くらいの女性だ。
もしかして、この人が催眠術師だろうか。
「いらっしゃいませ。当館の館長をしております、『眠鈴(みんれい)』
と申します。さあ、どうぞ、おくつろぎください。」
長椅子が3列、その女性─眠鈴さん─の正面に並べられていた。
俺たちなら、2列で十分座れそうだ。
言われるまま、俺たちはその椅子に座った。
俺が一番左端、隣に七瀬、その隣にNANA、そして太陽、光。
俺の後ろには美月、隣に澪ちゃん、若菜ちゃん、ライム。
「あ、あの〜。」
太陽が、おずおずと話しかける。
「ええ、わかっております。動物になる催眠術ですね?」
「おう、さすがプロだな。話が早いや。」
「ちょっ…何よ、動物って?まさかあんたたち!?」
「そうやそうや、いきなり何わけわからんこと言い出しよるんよ!」
美月とライムが不満を口にしだした。
当然だ、俺たちは女の子たちには何も説明してないんだから。
しかし、そこは太陽。
なかば強引に話を進めていく。
「よし、じゃあそういうことで、すぐ決めますんでお願いしまっす!」
「ちょっと太陽くんっ!?」
やかましい美月たちは無視して、
俺は、太陽と光の方へ目を向けた。
同時に、2人も俺へと目線を向ける。
いわゆる、アイコンタクトってやつだな。
俺はガシッと七瀬の細い手首を掴み強引に上に挙げる。
「は〜い、こいつにお願いしま〜す。」
「はいっ、この子と私にお願いしま〜す。」
俺が挙げたと同時に、NANAもまた七瀬の右手を天高くかざしている。
おう、これはもしかして?
「ちょっと…慎吾くん!?姉さんまでっ!?」
何が起こったのか理解できず、七瀬は俺とNANAを交互に見る。
「あはっ、慎吾くん私とおんなじことを考えてたんだ〜。」
「いや〜、さすがNANAだな☆」
ちょっと茶目っ気を出しながら、俺はNANAへと熱い視線を送る。
そんな俺とNANAの間に挟まれた七瀬は、どことなく不服そうに唇を尖らせている。
しかし、そんなふて腐れた顔をしたところで無駄なこと。
俺は七瀬を無理矢理立たせ、眠鈴さんの前へと連行する。
もちろん、NANAも同伴で。
結局七瀬たちは眠鈴さんの目の前に置かれている椅子へと腰を下ろし、
催眠術を受けることになった。
…これで、朝から太陽たちと相談していた
『女の子たち+七瀬 可愛いペット化計画』が実行に移されるわけだ。






「ふふっ、可愛らしいお嬢さんとお坊ちゃんね。
…でも、あなたたち見れば見るほどそっくり。」
「だって、双子ですもの。ね、七瀬。」
「あ、うん…。」
「フフフ、私可愛い子は男の子でも女の子でも大好きよ。
さぁ、催眠術かけてあげるわね、まず七瀬くんから…。」
眠鈴さんはちょっと席を横にずらし、七瀬の正面に回ると、
スッと七瀬の目をまっすぐ見つめ、何やら囁き始めた。
最初は何の変化も見られなかったのだが、
ほんの数分後、七瀬はゆっくりと席をたち、俺たちの方へと向き直ると
そのまま制服に手を伸ばし始めた。
「なぁ、動物になるんじゃないのか?」
太陽が隣の光に声をかける。
が、光にも何が起こっているのか理解できず、ただ首を傾げるだけだった。
「本当に素直な子ね。瞳を見たときにすぐわかったんだけど、
七瀬くんとお姉さん、すごく純粋な心を持ってるわね。
純粋であればあるほど、催眠術にはかかりやすいの。」
「瞳だけでわかるんですか?」
俺が訊くと、眠鈴さんはニッコリと微笑んだ。
「貴方たちはダメよ。瞳が濁ってるから。」
笑顔とは裏腹に、何て刺々しい言葉だろうか。
ピュアな俺の心はこの一言で脆くも崩れ去ってしまった。
「そっちの女の子たちは結構きれいな心を持ってるかもしれないわね。」
眠鈴さんはそう言いつつ俺たちの正面へと回りこんできた。
NANAはポツンと取り残された形になったが、
何やら期待に満ちた瞳で七瀬を見上げている。
いや、NANAだけじゃない。
女の子たち全員の視線が七瀬に注がれ始めている。
まぁ、NANAは催眠術が本物っぽいから目を輝かせてるだけだろうから、
他の女の子たちとは目の輝きが違うんだけど。






「キャーーー!!」
女の子たちの黄色い声。
それは、服を脱ぎ始めた七瀬に浴びせられていた。
学ランを脱ぎ終わった七瀬は、
下に着ていた黄色いカッターシャツに手を伸ばし始めていた。
カッターシャツのボタンを2つ3つはずしたところで、
七瀬の細い鎖骨がチラッとその姿を現す。
と同時にゴクッ、と誰かが生唾を飲んだ音が聞こえた。
誰かってより、女子のほとんどかも知れないけど。
それにしても、華奢な体つきだな…
ウエストなんて、もしかしたら女の子たちと同じくらいかもしれないし、
肩幅も狭く、細っこい。
普段は学ランだから体の線がわからなかったが、
カッターシャツだと華奢な体のラインが出るため、
下手すると胸のぺったんこな女の子に見えかねない。
恥ずかしさのため、頬を朱に染めて俯き加減なところなんて、
女の子そのものだ。
「う〜ん、予想以上だわ。」
何が予想以上なんだか…。
と、それどころじゃなかった。
「なぁ、もういいだろ?さすがにこれ以上は──」
パシャッ!!パシャッ!!
「こら美月、何やってんだ!」
音のするほうへ目を向けると、そこには当然ながらカメラのシャッターを切る美月の姿。
もちろん被写体は上半身ヌード寸前の七瀬だ。
「え?ああ、新聞の記事にいいかなぁ〜なんて…ダメ?」
「却下。」
俺はすかさず美月のカメラを奪い取る。
その瞬間何やら不服そうな顔をするが、俺の知ったことじゃない。
俺には、『未来の義弟』を護る権利がある。
「ちょっとあんた、その写真独り占めする気か!?うちによこしっ!」
「やかましい、俺がきちんと処分しといてやる!」
「ちょっ…ライムさん。」
「ダメよこんなところで暴れちゃ。」
今にもつかみかかってきそうなライムを、若菜ちゃんと澪ちゃんが
必死に押さえつける。
持つべきものはまともな友達ってか…。
「ほら、催眠術が凄いのはわかったからさ。」
俺は眠鈴さんの機嫌を損ねないよう、努めて優しく接する。
この人、どっからみてもショ○だからな…下手に刺激したらそれこそ
七瀬がどうなることか…。
「う〜ん、残念だけどしょうがないわね、そろそろ仕事しなきゃ。」
今までのはやはり仕事の範疇に入ってなかったのか。
「はい、じゃあいくわよ──ハイッ!」
すでにカッターシャツも脱ぎかけていた七瀬の目の前で、
眠鈴さんは手をパンッと叩いた。
恐らく催眠状態を解く合図なんだろう。
一瞬にして七瀬の目が覚め、キョロキョロとあたりに目を泳がせる。
「───あれ?ボクは一体──って何この格好!?」
今まででも十分赤かった顔がさらに真っ赤になる。
そりゃあ、女の子たちの目の前でストリップやってりゃなぁ…。





「さて、じゃあ気を取り直して。」
誰のせいで気を取り直さなきゃならないと思ってんだこの人は。
そんな嫌味を込めた目線を椅子に座りなおした眠鈴さんに送るが、
当の本人はまったく気にせず、NANAと七瀬に催眠術をかけ始める。
さっきの騒ぎのせいで七瀬は異常なまでに眠鈴さんを警戒してるが、
この人の催眠術が本物な以上、どれだけ警戒しても無意味だろう。
「ほら、あなた達はドンドン眠くなる…眠くなった後、
ドンドン頭の中が真っ白になって、そして動物になっていく…。
七海ちゃんは子猫に、七瀬クンは子犬に……。」
ガクッ。
と、2人の頭がうなだれる。
恐らく術がかかったのだろう。
「はい、終了。これで2人は、純粋無垢な子猫ちゃんと子犬ちゃんよ。」
そう言うと、眠鈴さんはどこからか猫耳と犬耳のヘアバンドとしっぽを取り出し、
それぞれNANAと七瀬に取り付けていく。
そして2人は椅子から立ち上がり──
「にゃ〜。」
「キャンキャン!」
「うわっ!?」
なぜか、2人とも俺のもとへと駆けつけてくる。
それも、本物のネコや犬のような歩き方で。
それにしても猫耳と犬耳をつけた二人…可愛いじゃねぇか。
2人は大胆にも俺のひざへと小さな頭をこすりつけ、
ジッと上目遣いに俺を見上げてくる。
その大きく潤んだ瞳が何とも言えず愛らしい。
「うわぁ…いいなぁ。」
太陽が思わずポツリと声に出したその言葉。
恐らくここにいる全員がそう思ってることだろう。
「あらあらあなた、随分この2人に好かれてるのねぇ。」
「眠鈴さん…やっぱ、好かれてると、こう…?」
「ええ、この状態になった人は、本能的に行動するのよ。
このコたち、よっぽどあなたのことが好きなのね。
だからまっすぐあなたに甘えに来たでしょう?」
そう言われると悪い気はしないな。
七瀬もなんだかんだいって俺の弟みたいなもんだし、そう考えると可愛いもんだ。
俺は優しく2人の頭を撫でてやる。
2人とも柔らかくて、キレイな髪だ…いい匂いもする。
…ハッ!!?
「な、何だ!?」
何かを感じ、後ろを振り向くと、そこには今にも噛みついてきそうな感じの
ライムが仁王立ちで俺を睨みつけていた。
どうやら俺が感じたのはコイツの殺気だったらしい。
「あんた、ま〜た七瀬くんを誘惑しおって…一回地獄に落ちらんとわからんらしいなぁ…。」
「待てライム、俺じゃない!七瀬が俺を実の兄のように慕っていた結果がコレなだけで。」
俺は慌てて、眠鈴さんへと目線を向ける。
いわゆる『SOS信号』ってやつだ。
「ん?あ〜、そうねぇ。普段の言動はどんなのか知らない──まぁ、
このコの場合は大体想像つくけど、かなり好感は持ってたはずよ。
実の兄のように慕ってたか、恋人のように思ってたかは知らないけど。」
「恋人やて!?」
嗚呼、眠鈴さん…なんでそんな余計すぎる一言を…。






「…で、どうしたもんかなぁ…。」
左頬にライムの手形をつけたまま、眠鈴さんに目線を向ける。
その俺の足元には、猫耳&犬耳の2人がちょこんと座ったまま、俺を見上げている。
どう考えても理不尽だ。
この2人はただ純粋に俺を慕ってくれているのに、
なぜそれだけで俺がライムにひっぱたかれないといけないのだろうか?
「どうするもこうするも…しばらくこの状況を楽しんだら?」
『この状況』ってのは、2人が俺に甘えてきて、なおかつ
後ろではライムが鬼の形相で俺を睨みつけている、
一触即発の『この状況』のことだろうか。
「そ、それにしても2人とも可愛いわね〜。」
『この状況』を打破しようとしてくれているのか、後ろの方から美月の声が聞こえてくる。
さすが幼馴染、俺の心のSOSを感じ取ってくれたのだろう。
「あら、じゃああなたも動物になってみる?
あなたもこの2人に勝るとも劣らない美少女なんだから♪」
言い方を変えれば、七瀬はNANAと美月に対抗できるということか。
この人やっぱショ…。
「あ、あたし!?う〜ん…美少女…じゃ、じゃあお願いしようかしら。」
「お前が猫!?おい、正気か!?」
俺が振り向いた瞬間、美月の鋭い眼光が俺を刺してくる。
「あんた、あたしが可愛い子猫ちゃんになるのに何か不満でもあるっての?」
「いえ、俺もぜひ一度見てみたいなぁと思っていたところでして…。」
俺が卑屈な態度をとると、美月は『うむ、よろしい』と頷きながら
眠鈴さんのところへと歩いていく。
「さ、ジッと私の目を見て──そう、あなたは今から子猫ちゃんになるのよ。
可愛い可愛い子猫ちゃん…。」
さっきから何度も思ってたことだが…
催眠術というのは五円玉をぶらさげたりするだけじゃあないんだな。
この人のやり方はどことなく黒魔術っぽい気がする…。
「う…ん…。」
どうやら術がかかりだしたのか、美月の首がガクンとうなだれる。
さて、本当に可愛い子猫ちゃんになるのかどうか…。





「にゃん?」
小さな猫耳を揺らしながら、俺の足元へとやってきて甘えてくる美月。
思ったより…可愛いんじゃないか、コレ。
普段が元気で明るく活発なだけに、
こんなのんびりした雰囲気で甘えてこられると…。
「キャンキャン♪」
「にゃ〜ん♪」
七瀬とNANAも、新しく来た子猫ちゃんを温かく──
「にゃ〜。」
「キャンキャン。」
突然2人が美月を押し倒し、三人して床の上をゴロゴロと転げ回り始める。
まさか…喧嘩!?
「やめろ2人とも!俺のために争うなんて…俺、悲しいよ!!」
「あなたね…これ、猫がよくやるコミュニケーションだって知らないの?」
「そうですよ、橘くん。子猫同士がこうやって遊んでるの、見たことないですか?」
いつの間にか俺たちの隣に来ていた澪ちゃんと若菜ちゃんが、
無知な俺に優しく説明を始めてくれた。
「ニャン?」
いつの間にかNANAから離れてきた美月が、
俺のズボンのポケットに手を入れて何やら物色してきた。
「あ、ダメ…そんなとこ触っちゃ──ってこら!!」
危うく女性陣たちに軽蔑されそうな発言をしそうになった瞬間、
ポケットから俺の『生命線』が奪い取られた事に気づく。
そう、財布だ。
「ニャ…。」
さすが子猫といわんばかりのすばやい逃げ足で、
いつの間にか部屋の隅っこに逃げ出した美月が
俺の財布の中の札『だけ』を数え始めた。
小銭に用はないってのか、この子猫ちゃんは。
美月は回りに誰もいないか確認して─本当は確認するまでもなく人がいるんだが─
俺の大切な『福沢諭吉さん』を2人、
『夏目漱石さん』5人ほどを自分の懐へとしまいこみ始めた。
「こら〜!!俺の2万5000円を返せ!!」
俺がそう怒鳴ったせいか、美月がハッとこちらを見つめてくる。
怯えきっているのか、その瞳には大粒の涙が…。
うう、これじゃ俺が悪いみたいじゃないか。
「ハッハッハ、コレが本当の『どろぼう猫』ってな。」
「うまいな太陽、座布団2枚だ。」





「おおおおおぉぉ……。」
「ぬぅぅぅ…。」
頭を俺のゲンコツで思いっきり殴られた太陽と光が
唸っているが、そんなことはどうでもいい。
問題は今月、どうやって生活していくかだ…。
いくらなんでも、あんな怯えきった美月から金を取り戻すわけにもいくまい。
初めて可愛い美月が見れたんだ、そのお礼と思えば何ともないさ。
「フッ…さようなら、ゆきっつぁん、そうせきタン。」
美月の頭上に、会ったことすらない諭吉さんと漱石さんの幻を見ながら、
俺はお別れの言葉を口にした。
「随分変わった表現の仕方だったわね〜。」
「え?」
「フフッ…こっちの話♪」
眠鈴さん、何が言いたかったんだろうか?
「はぁ…みんな本当に可愛い♪はい子犬の七瀬くん、お手♪」
「ワンッ。」
若菜ちゃんが差し出した右手に、七瀬が自分の右手をポンと置く。
「あぁ…七瀬くん、ほんま可愛いわぁ〜。」
「え、ええ。何と言うか…癒し系って言うのかしら?」
ライム、澪ちゃんもまた若菜ちゃん同様、
七瀬やNANA、美月の仕草に頬を赤く染める。
「はい七瀬くん、次はお座り。」
「ワンッ!」
素直に言うことを聞く七瀬が可愛くてしょうがないのか、
若菜ちゃんは七瀬に向かって色々な芸をさせていく。
もちろんそれを見て、他のみんな──太陽や光でさえ、
嬉しそうに笑っている。
「じゃあ次は──ちんちん!」
その言葉を聞いた途端、一瞬七瀬がピクリと反応する。
そして、その大きくつぶらな瞳にうっすらと涙を浮かべながら、
ズボンのベルトをはずし、ファスナーを下ろして…
「ってちょっと待った〜!!何やってんだ七瀬!?」
「キャッ…ちょっ、ちょっ、ちょっと待って…!」
「おおっ、これはチャンスや!美月っちゃん、カメラ!!
───って今は猫になっとるんか。」
「カメラなら俺が預かってるが?ま、すでにフィルムは抜き取ってるけどな(ニヤリ)。」
「はよよこしっ!フィルムならまだ美月っちゃんが持っとるはずや!」
「バッキャロー!渡すはずないだろうが!太陽、光!七瀬を止めろ!」
「お、おう。」
「まかせておきたまえ!」
太陽と光が、頭をさすりながらも大急ぎで七瀬を止めに入る。
さっきのでも十分精神的ダメージがでかいのに、
ここで生まれたままの姿になっただなんて知れたら、首でもつりかねない。
「キャンキャン!!」
太陽、光によって取り押さえられた七瀬。
何はともあれ、無事でよかった…。
一応は『未遂』で終わったためか、若菜ちゃんたちもそれほど動揺はしていないようだ。
「でも本当にみんな可愛い…私も子猫か子犬になりたいな。」
「そうね、みんなとっても可愛くて、うらやましいかも。」
「だったら2人とも、子犬にしてあげましょうか?」
「え、ええ…じゃあお願いしようかしら。」
「じゃあ決まりね、はい2人ともこっちにいらっしゃい。」
若菜ちゃん、澪ちゃんが眠鈴さんの座っている正面へと歩いていく。
あの2人が子犬…いいかも。
「おお…若菜ちゃんが…これは、もしかしたらもしかするかも!?」
若菜ちゃんに片思い中の太陽が、妙な期待感を秘めた眼差しで
眠鈴さんと若菜ちゃんをまっすぐ見つめる。
あんまり下手に期待するとあとで痛い目を見るかもしれないが…。





「うぅ〜〜〜…キャンキャン!!」
「ぐすっ…なんで…なんで〜…?」
子犬になった若菜ちゃんに吼えられる太陽。
近づこうとするたびに吼えられ、一旦離れた後近づいて、
そしてまた吼えられての繰り返し。
「何でだよ若菜ちゃ〜ん!」
「キャンキャンキャンキャンッ!!」
「ハウッ…俺、何か悪いことしたかよ〜?」
警戒心丸出しの若菜ちゃんとは裏腹に、可愛らしい子犬の耳をつけた澪ちゃんが、
俺の足元へとゆっくり歩いて来る。
何か妙に色っぽいんですけど…。
「クゥ〜ン…。」
う〜ん、可愛さと色っぽさが同居している、この独特の雰囲気はどうだ。
「キャンキャン!」
俺のところへと寄ってきた澪ちゃんに興味を持ったのか、
さっきまで太陽に吼えていた若菜ちゃんも、俺のところへと歩み寄ってくる。
しかし…『太陽に吼える』って微妙に違うけど、どこかで聞いた記憶が…。
ってか、知らない人が聞いたら夕日に向かって叫んでるシーンを想像しそうだな。
「ク〜ン、ク〜ン…。」
若菜ちゃんが俺をジッと上目遣いに見つめてくる。
なんで俺の周りにはこんな可愛いコばっかり集まってくるんだろう。
そう思わずにはいられないほど、今の若菜ちゃんは可愛らしい。
『ふぁ…。』
その若菜ちゃんの隣では、NANAと七瀬が
小さな口を大きくあけ、あくびをしている。
その直後、トンッと2人が俺のひざに頭を預け、
小さく可愛らしい寝息をたてはじめた。
こんな仕草もまた、子猫と子犬の耳をつけた2人だと余計に可愛くみえてしょうがない。
俺、もしかしてすげぇ幸せなんじゃ…。
「にゃ〜ん。」
猫耳美月が、若菜ちゃん、澪ちゃんと一緒に俺の正面で甘えてくる。
あぁ、めちゃくちゃ可愛いぜ、みんな…。
横の方では太陽や光が羨ましそうにしてるところを見ると可哀相になってくるくらいだ。
そうだ、よくよく考えたら、太陽や光には誰も近寄らず、俺にだけ…。
俺にだけ、みんながよってくる…今、俺はある意味ハーレム状態なんだ…。