秘密のParty Party
散歩に行こうと思った。
勉強をしようと思った。
本を読もうと思った。
でも思うだけで、どれも実行に移す気になれない。
窓から覗く青い空を、ただボンヤリと眺めるだけ。
ただ、それだけ。
無為な時間を過ごし、何となく時計を見た頃には、時刻はもうお昼の12時を指していた。
とりあえず、お昼ご飯でも食べようかな。
ボクは食堂に行こうと思い、部屋のドアノブに手を伸ばし、触れてもいないのにドアが開く。
「ただいま〜」
ドアを開けたのは、慎吾君だった。
「あ、おかえりなさい…」
「どうだNANA、疲れはとれたか?」
「え? う、うんっ!」
どうして慎吾君がここに? 部活に(もしくはライムちゃんに会いに)出かけたはずなのに…。
「さ、一緒に飯食いに行こうぜ」
あ、そうか。今日は一緒にお昼ご飯を食べようって、慎吾君が言ってたっけ。
どうしよう? 断って、1人で食べようかな…。
「最近忙しくて全然NANAと一緒にいられなかったからさ、今日を楽しみにしてたんだよな」
慎吾君は嬉しそうな笑みを浮かべ、ボクの肩に腕を回した。
「早く行こうぜ」
こんな笑顔で誘われちゃったら、とても断れないよぉ…。
ボクは悩みながらも慎吾君と一緒に寮の食堂へ向かい、通り過ぎる。
「アレ? どうして食堂に入らないの?」
「なんだ、知らないのか? 今日はおばちゃんいないから、食堂も閉まってるんだ」
「じゃあどこでご飯を食べるの?」
「外」
慎吾君と一緒に外食。
本当ならものすごく楽しいんだろうけど、今のボクにとっては…。
「ねえ、どこへ行くの?」
「秘密」
寮を出た後、ボク達は見慣れた道を歩いていた。
「ねえ、この道って通学路だよね。この辺にご飯が食べられる所なんてあった?」
「あんまり無いんじゃないか?」
慎吾君はおどけた口調で言い、真面目に答えていないような気がする。
その後もボク達は通学路の進み、ついには鷹宰学園に着いてしまった。
「あの…もしかして、学校の食堂で食べるの?」
「夏休みなんだから、学校の食堂も購買もやってないって」
じゃあどこで、何を食べるのさ?
そう問いただす前に、慎吾君はスタスタと校舎へ向かって歩いていく。
ボクも慌てて後を追って、人気のない校舎の中に入る。
いつも喧騒に満ちあふれた学校しか知らないから、しんと静まり返った校舎は不思議な感じがする。
「静かだね」
「ああ、そうだな。今日は何か、運動部も休みみたいだし」
「そうなの?」
じゃあ太陽君もお休みなんだ。
昨日はどこかへ買い物に出かけたみたいだけれど、今日はどうしてるんだろう?
「NANA、こっちだ」
いつも向かう教室とは別方向、初めて通る廊下を慎吾君と歩く。
足音が響く。
どこかで蝉が鳴いている。
今、ここにある音はその2つだけ。
学校にいるのは、ボクと慎吾君だけなのかな?
静まり返った廊下を無言のまま進む。
ふと、遠くで人の声がした気がする。
でも慎吾君は気づかなかったのか、声には何の反応もせず歩き続けていた。
「ねえ、今声が聞こえなかった?」
「そうか? 俺には聞こえなかったぞ」
やっぱり慎吾君は気づいてなかったみたい、やっぱりボクの勘違いなのかなぁ?
ボクは深く考えず、黙って慎吾君に付いていく事にした。
見慣れない廊下を一緒に歩き、しばらくして慎吾君が立ち止まる。
「ここだ」
と言って慎吾君が見つめる先、そこは何の変哲もない教室の扉。
ドアの上を見てみると、そこには『新聞部』と書かれていた。
「ねえ…お昼ご飯を食べに来たんだよね?」
「ああ」
「…ここ、新聞部の部室だよね?」
「ああ」
「…ここでお昼ご飯を食べるの?」
「その通り」
ちょっぴり意地悪そうな笑みを浮かべ、慎吾君はボクの肩を掴む。
「さ、入れよ」
そしてガラリとドアを引くと、ボクは力強く部室の中に押し込められる。
パパンッ! パンパンッ!
「キャアッ!?」
突然何かがはじけるような音と共に、色とりどりな何かが私の頭上から降ってくる。
今のはいったい何?
思わず閉じてしまった目を恐る恐る開けると、そこに人が数人いて、何人かは知っている顔。
「お誕生日おめでとうっ!!」
みんなは口をそろえて、笑顔を浮かべながら言った。
「…へ?」
お誕…生日……?
何の事だか理解できず呆然と立っていると、誰かが後ろからボクの頭を触れる。
「今日は7月29日、NANAの誕生日なんだよ」
後ろを振り返ると、慎吾君が赤く細長い紙をつまんでいた。
床を見ると色とりどりの細長い紙が散らばっていて、それはボクの頭にもかかっている。
そしてもう1度部室の中に目を向けると、みんなは小さな三角錐の何かを持っていた。
三角錐からは、床に散らばる紙と同じ物が飛び出ていた。
これって確か…クラッカーっていう、お祝いの時に使う物だったと思う。
つまりこれって…。
「実はな、NANAにナイショで誕生パーティーの準備をしとったんよ」
と、部屋の中に集まったみんなの中から、ライムちゃんが1歩前に出てきた。
「じゃ、じゃあ…これって、ボクの…ボクのために?」
「そういう事」
部室の中には太陽君、それに伊集院君までいた。
「どうやらそうとう驚いたようだな。
スイス旅行を早々に切り上げてまで帰ってきたかいがあったというものだ」
伊集院君、ボクのためにわざわざ帰ってきてくれたんだ。
「俺も部活の先生に無理言って休みをもらったかいがあったぜ」
「太陽君…伊集院君…それにライムちゃん、本当にありがとう」
そして。
「慎吾君。最近部活が忙しかったのって…もしかして…その…」
「NANAの誕生パーティーの準備してたんだ。
部室の飾り付けしたり、ケーキの用意をしたり、プレゼントを買いに行ったり」
「まったく。部活だって嘘を付いて先生に見つからないように飾り付けするの、大変だったんだから」
と、おかっぱ頭の女の子が眉を寄せて、でも口元に笑みを浮かべて言った。
「仕方ないだろ。寮じゃ女子を呼べないし、飾り付けとか自分達でやりたかったからお店は使えないし」
慎吾君が親しげに彼女に話しかける。彼女は誰だろう?
「NANA、女子はライム以外初めてだよな。
もともと女子はパーティー発案者のライムだけ来る予定だったんだけど、
部室使おうと思って美月に話したら…自分も参加したいって言い出してな。
とりあえずみんな、自己紹介してくれよ」
慎吾君の言葉に、おかっぱ頭の女の子が前に出る。
「はじめまして、あたしは佐伯美月。新聞部の部員で慎吾の幼馴染みよ」
「は、はじめまして。神崎七瀬です」
あ、彼女が慎吾君のメールに書いてあった幼馴染みの女の子。
そっか…こんなに可愛い子だったんだ。
佐伯さんは自分の背中に隠れている髪の長い女の子の手をとり、前に引っぱり出した。
「で、こっちはあたしの友達の樋口若菜。ホラ、若菜もあいさつして」
「あの…わ………」
樋口さんはうつむきながら小さく口を動かしたけど、何て言ったのかボクの耳には届かなかった。
「若菜、もっと大きな声で言わないと…」
「わた…その……」
やっぱり樋口さんの声は小さくて、ボクの耳には届かない。
「若菜ちゃん、無理しなくていいよ」
と、慎吾君が言った瞬間。
「ひ、樋口若菜ですっ!!」
おとなしそうな外見からは想像出来ないような大声で彼女は叫んだ。
太陽君も伊集院君も、ライムちゃんもボクも、樋口さんの声にすごく驚いちゃった。
慎吾君は苦笑いを浮かべ、佐伯さんは呆れた表情でうつむいている。
そして当の樋口さんは、顔を真っ赤にして佐伯さんの後ろに隠れちゃった。
「ったく。若菜ちゃんは男に免疫ないんだから、無理に誘わなくてもよかったのに」
「し、仕方ないでしょ。若菜も部室の飾り付け手伝ってくれたんだし、それに…」
佐伯さんはそこで言葉を切り、背後の若菜ちゃんを見て、次に慎吾君を睨んだ。
「それに、何だよ?」
「な…何でもないわよっ!」
何だか佐伯さんはこの話を終わらせたがってるみたい、どうしてだろう?
「ま、いいや。次は澪ちゃんな」
慎吾君もそんな佐伯さんの気持ちを察したみたい。
そして慎吾君に呼ばれて、黒髪の女の子が1歩前に出た。
腰まで届く髪は艶やかに輝き、肌はきめ細かく雪のように白い。
大きな瞳は理知的な光を放ち、濡れたように煌めいている。
彼女は女の子のボクでも見とれてしまいそうな美女だった。
「はじめまして、須藤澪よ」
「はじめまして、神崎七瀬です」
須藤澪、そういえば聞いた事のある名前。学園で1番成績の良い人だっけ。
「澪ちゃんとは化学の授業でペア組んでから仲良くなったんだけど」
ペア? 慎吾君と須藤さんが?
こ、こんな綺麗な女の人と一緒に、実験をしてたっていうの?
…羨ましい。
「パーティーの話をしたら手伝ってくれる事になってね、それでパーティーにも呼んだんだ」
「あ、そうなんだ。須藤さん、ありがとう」
「…暇だったから、手伝っただけよ」
ボクは笑顔を浮かべながらお礼を言ったのだけれど、須藤さんは眉ひとつ動かさなかった。
何だか…冷たい人だな。
「へー、暇潰しの割には随分と協力的だったけどな」
「そ、それは…」
慎吾君がおどけた口調で言うと、須藤さんがちょっと慌てた感じで応えた。
もしかして、照れているのかな?
「実は結構、楽しんでなかった?」
「ば、馬鹿ねっ。私はただ…その…」
「照れない照れない。澪ちゃんは友達思いの優しい子だから手伝ってくれたんだよな」
さっきまでの冷たい印象が嘘のように、須藤さんは顔を真っ赤にしてしまう。
彼女も良い人なんだ。
…友達になれたらいいな。
「さ、これで自己紹介はみんな終わったな。それじゃあパーティーの始まりだ」
慎吾君はボクの肩を押して、部屋の中央にある机の前に連れていく。
机の上にはサラダにタコ焼きに焼き鳥にお寿司にピザに…とにかく、色々な料理が並べられていた。
そしてボクの目の前、真っ白で大きなケーキに、火の点いたロウソクがたくさん刺さっていた。
「さ、NANA。ロウソクの火を吹き消すんだ。…それくらいは知ってるだろ?」
最後の言葉はボクにしか聞こえないよう、そっと耳元でささやいた。
ボクが火を吹き消す事を知らないんじゃないかと、心配してくれたみたい。
「うん、じゃあ消すね」
ボクはそんな彼の心遣いが嬉しくて、思い切り息を吸い込み、一息で火を消そうと、力一杯息を吹き出した。
でもロウソクの数が多くて、結局2回息を吹きかけないと、全ての火を消す事は出来なかった。
火が消えるとみんなは拍手をしてくれて、ボクは何だか恥ずかしくなっちゃった。
こんな風に誰かにお祝いしてもらうのなんて、生まれて初めてだもの。
「よーし、それじゃあパーティーの始まりだっ!」
慎吾君が声高らかに宣言し、ライムちゃんや太陽君が「おーっ!」と応える。
こうしてボクが生まれて初めて経験する、お誕生日パーティーが始まった。
みんなで料理を囲み、それぞれ自分の好きな食べ物に手を伸ばしながら談笑をする。
「へー、樋口さんは園芸部に入ってるんだ」
というボクの言葉に返事をしたのは樋口さん…ではなく、佐伯さんだった。
「そ。それと確か…川崎君も園芸部だったっけ?」
「モグモグ…ん? ああ、そうだけど」
太陽君は目の前にある料理を手当たり次第に口へ放り込みながら、チラリと樋口さんを見て応えた。
「意外ね、川崎君ってスポーツ特待生でしょ? それが何で急に園芸部に?」
「そ、それは…その…」
太陽君は再び樋口さんへ視線を向け、手に焼き鳥を持ったまま固まってしまう。
どうしたんだろう?
そう思っていると、机の下で小さな物音がした。誰かの靴と靴がぶつかったみたいな音。
その直後、ボクの向かい側に座っている佐伯さんが唐突にボクの方を見てくる。
いや、彼女が眉を寄せて見つめる相手は、ボクの隣に座っている慎吾君みたい。
気になってボクも慎吾君の顔を見てみると、何か言いたげな表情で樋口さんを見て、顎をクイッと動かした。
それで佐伯さんは急に目を見開いて、樋口さんを見て、再び慎吾君へ視線を向ける。
すると慎吾君は、小さくうなずいた。
…2人は何をしているんだろう?
も、もしや…幼馴染みの2人にしか通じないような、秘密のやりとりをしていたのでは…。
ムムム…ボクも何か行動しないと、佐伯さんに慎吾君を取られちゃうかもしれない。
そうだ。何か食べ物を手にとって、慎吾君に「これ美味しいよ」って食べさせて上げよう。
慎吾君はアーンって口を開いて料理を口に入れて「美味しいよ、NANA」って言って…。
よし、この作戦でいこうっ!
ボクは早速、慎吾君に食べさせるべく料理に手を伸ばし、焼き鳥を取ろうとして誰かの手とぶつかる。
「キャッ!」
手と声の主は、樋口さん。
見ると樋口さんの前に置かれたお皿には、焼き鳥の串が数本乗っていた。
「あ、ごめんなさい。…焼き鳥、好きなの?」
「は、はい…その……」
顔を真っ赤にしてうつむいて、樋口さんはそれっきり黙り込んでしまう。
隣で佐伯さんがため息をついて、なぜか太陽君がボクをジトーッと見つめていた。
ボクは焼き鳥のお皿を手に取り、樋口さんの前へコトリと置く。
「はい、どうぞ」
樋口さんはやっぱり真っ赤な顔のまま、けれど少しだけ微笑んで、
「あ…ありがとうございます」
と小さい声だけれど言ってくれた。
ボクは何だか胸の奥があたたかくなって、背筋がゾクリと寒くなる。
冷たい視線を感じてそちらを見ると、やはり太陽君がボクをジトーッと見つめていた。
慎吾君が伊集院君に何事かをささやいて、2人でニヤニヤと笑っている。
うう…今日は解らない事だらけ。
食事を終えたボク達は、みんなでゲームをする事になった。
何のゲームをするんだろう?
「マージャン」
慎吾君の言葉に、女の子達は呆気にとられる。
「…何でマージャンなのよ」
佐伯さんの問いに、慎吾君が簡潔に答える。
「NANAがルール知ってそうなのマージャンくらいだからな」
「別にトランプとか、そーゆーのでもいいでしょうが。若菜なんて、あきらかにルール知ら」
「あ、知ってます」
へえ、樋口さんもマージャンやった事あるんだ。
「俺達男子はマージャン大会やってるから、みんなルール知ってるよな。
若菜ちゃんも知ってるみたいだし、美月は俺と一緒に姉貴から教わっただろ? で、ライムは…」
「うちもやった事あるで、マージャン。これでも結構強いんよ」
「よし、じゃあ澪ちゃんは…」
「…知っている訳ないでしょう」
と、須藤さんはぶっきらぼうに答える。
「ホ、ホラ。須藤さんはルール知らないじゃない。マージャンなんてやめに…」
「美月、負けるのが嫌だからって必死になるなよ」
「だ…誰が負けるのを嫌がってるっていうのよっ!?」
「お前、俺や姉貴はもちろん、峰央にすらめったに勝てないもんな。そりゃ勝負を避けたがる気持ちも解る」
「な、何ですってぇ〜っ!? 上等じゃない、やってやるわよっ!!」
佐伯さんは拳を握りしめ闘志を燃やし、慎吾君を睨みつける。
けれど慎吾君は口元に笑みを浮かべたまま、須藤さんに向き直る。
「で、澪ちゃんは…どうしようか?」
「私は遠慮させてもらうわ」
「でもなぁ〜、マージャンは4人でやらないといけないし。男子、女子、両方とも4人ずついるし…」
「ルールも知らないゲームなんて出来る訳ないでしょう、ルールを覚えるにしたって時間が…」
「NANAはマージャン大会始まってすぐルール覚えて準優勝したよな」
「うん」
とボクがうなずくと、須藤さんと佐伯さんは目を見開いて驚く。
「さっすがNANAやわ。ま、須藤さんには真似出来そうにないやろけどな」
「…何ですって?」
須藤さんはジロリとライムちゃんを見つめた後、慎吾君に向き直る。
「橘君。マージャンのルールを教えてくれないかしら?」
「はい、この本にみんな書いてあるよ」
用意していたかのように慎吾君はどこからか本を取り出す。
その本は、ボクがマージャンのやり方を覚えるのに使った本だった。
「じゃあ適当に4人に分かれて、澪ちゃんが入る方は後回しって事で、さっそく始めようぜ」
ボク達は輪になって、グーパーっていうのをやった。
どうすればいいのかよく解らなかったけど、慎吾君の真似をして手を握って出したら、慎吾君と同じグループになった。
伊集院君とライムちゃんも一緒。
ボク達がマージャンの準備をしている横で、須藤さんがルール本を真剣な顔で読んでいた。
そしてそんな須藤さんを、慎吾君とライムちゃんはチラチラと見ながら笑みを浮かべていた。
「作戦成功」
という小さな声が、慎吾君の方から聞こえた気がした。
ゲームは進み、ボクと慎吾君が勝ち抜けになった。
2組の上位2人ずつ、計4人で決勝をやるみたい。
優勝者と
準優勝者
には賞品が出るらしい。
…準優勝者の賞品…か。
まさか、とは思うけれど、それって、やっぱり、あの、アレ…なんだろうか?
真相は恐くて訊けない。
そして今度は、太陽君、樋口さん、佐伯さん、そして須藤さんのグループの番。
いったい誰が勝つんだろう?
そしてゲームが始まる。
すると須藤さんと樋口さんが次々に役を作っていき、太陽君と佐伯さんは防戦一方。
樋口さんなんか、ビックリするくらい大きな声で「ロンッ!」とか叫んでるし…。
結果は須藤さんと樋口さんの圧勝。
佐伯さんは、結局1度も勝つ事が出来なかった…。
そしてボクと、慎吾君と、樋口さんと、須藤さんの決勝戦が始まる。
ボク達はさっそくマージャンパイをガチャガチャとかき混ぜ、ドアのガラリという音に慌てて振り返る。
まさか、ボク達以外の誰かが学校にいるなんてっ!?
もしみんなでパーティーしていた事が学園にバレたら、退学になっちゃうんじゃあ…。
そんなボクの不安をさらに強くする言葉が、侵入者の口から放たれる。
「あなた達…いったい何をしているの?」
「NANAの誕生パーティーの余興で、マージャン大会してんだ」
と、慎吾君はあっさりと真実を告げる。
そしてその言葉を聞いた侵入者、弥生先生は目を輝かせて言った。
「マ、マージャン大会ですって…?」
…って、どうしてそんな嬉しそうな顔をするんだろう?
というか、ここに来たのが弥生先生とはいえ、この状況はかなり危険なのでは…。
ボクが不安になっていると、慎吾君がボクの肩にポンと手を乗せる。
「NANA。弥生先生は今日のために、わざわざ学園の宿直を快く申し出てくれて、誕生パーティーに協力してくれたんだ」
「え? そうなの?」
「…ええ」
その時なぜか弥生先生は慎吾君を一瞬睨んだけれど、すぐにいつもの優しい微笑みを浮かべる。
「神崎君、お誕生日おめでとう。友達思いの仲間がたくさんいてよかったわね」
「うんっ!」
優しそうな弥生先生の微笑みが、どこかで見たような、奇妙な笑みに変わる。
「ところでぇ…マージャン大会なんだけど…」
「あ、もう決勝です。俺とNANAと、澪ちゃんと若菜ちゃんの4人で」
「そう、もう決勝なの…。決勝というからには…やっぱり強い人が参加するべきよね…」
「弥生先生、まさか…」
「…橘君。色々と協力してあげたのだし、よかったら先生と――」
慎吾君はガタリと席を立ち、弥生先生の側に駆け寄る。
そして小さな声で、かすかに彼の声がボクの耳に届く。
「さすがにマズイんじゃ…NANAや光達もいるんだし。もし…」
「大丈夫よ…気づくはずないわ」
「いやでも、そんな危険を冒してまで…」
「お願い、協力してあげたじゃない…」
…何の話だろう?
2人はしばらく密談を続け、慎吾君がボク達に向き直る。
「え〜と、俺の代わりに急遽弥生先生が出場する事になりました」
「ええっ!?」
「みんな、それでいいかな?」
慎吾君とマージャン出来るって、楽しみにしてたのに…。
でも慎吾君とは1回戦でもうやってるから、ここは我慢した方がいいのかな?
「うん…ボクはかまわないけれど…」
「あ、あの…私も…その…、いい…です」
「かまわないわ。私の狙いは、ただ1人なんですもの」
と、須藤さんはボクを睨みつけてくる。
ムムム…ボクと本気で戦うつもりだね?
よーしっ! マージャン大会準優勝の実力を見せてやるっ!!
弥生先生は勝負中、何度か不気味な笑みを浮かべたり、学生時代は負け知らずだったとか言ったりしていた。
そして弥生先生の腕は素晴らしく、管理人さんと戦った時の事を思い出すほどの実力だった。
その圧倒的強さにボクも須藤さんも惨敗し、何とか食らいついていた樋口さんもついに敗北を迎えてしまう。
こうして、マージャン大会優勝者は飛び入りの弥生先生となった。
優勝賞品の栄養ドリンクセットを受け取り、弥生先生は大喜びだ。
そして、太陽君は気まずそうに準優勝の賞品を取り出す…。
それは。
「じゅ…準優勝の若菜ちゃんには……えっと。た、た…太陽君特製の、ステキドリンク…をプレゼント……」
歴史は繰り返す。
そんな言葉が脳裏をかすめた。
樋口さんは太陽君からそれを受け取ると、恐る恐るみんなの顔を見回した。
「…ちょっと、若菜に飲ませようとしてるコレ…いったい何なのよ?」
「だから…ステキドリンク。色々混ぜてあって…」
慎吾君と佐伯さんがひそひそ話しを始め、伊集院君と須藤さんは哀れみの表情で樋口さんを見つめている。
太陽君は罪悪感いっぱいって顔で、許しを請うような瞳で樋口さんを見ていた。
しばらくして、太陽君がドリンクを飲ませるのをやめさせようとしたのか、1歩前に出た瞬間。
樋口さんは勢いよくステキドリンクを飲み干した…。
迫り来る悲劇を覚悟し、ボク達は固唾を飲んで樋口さんを見守る。
そして樋口さんの口から放たれる、苦悶に満ちた同情を禁じ得ないうめき声。
「これ、美味しいです」
……………………。
………………。
…………。
え?
え〜と、今…彼女は何て言ったんだろう?
「あの…今まで飲んだ飲み物の中で…その…1番美味しいです」
その言葉を正しく理解するのに、ボク達は1分ほどかかった。
そしてステキドリンクの味を確かめるべく、ライムちゃんは三途の河を見る事となる。
ふと思い出す、どこかで聞いた言葉。
楽しい時間はあっという間に過ぎる…。
温子伯母さんに聞いたのか、本に書いてあったのか、ネットで知ったのか、それは思い出せない。
けれど、今まさにその言葉がピッタリだった。
窓から覗く空は鮮やかな赤に染まり、パーティーも終わりを迎えようとしていた。
色々なごちそうを食べたり、色々なゲームをしたり、色々なお話をしたり。
楽しくて楽しくて仕方がない、幸せな時間を過ごす事が出来た。
「そろそろお開き…かな。みんな、用意はいいか?」
慎吾君の言葉に、みんなはそれぞれ肯定の意を示す。
もうお開きだというのに、まだ何か、最後にあるみたい。
いったいなんだろう?
「NANAぁ。ホラ、ここ座りぃ」
ライムちゃんに呼ばれ、ボクはうながされるまま窓の前の席に座る。
「あの、いったい何をするんだい?」
みんなは部室の隅に置いてあるカバンから何かを取り出し、それを持ってボクの前にやってくる。
「NAーNA。誕生日といえば、いったい何があると思う?」
「へ? え、え〜と…ケーキでしょ? それから…」
「誕生日プレゼントだよ」
プレゼント?
ボクに、誕生日プレゼントをくれるっていうの?
そんな…パーティーを開いてもらっただけで、十分すぎるというのに。
「NANA。俺達みんなからの、バースデイプレゼントだ」
まず佐伯さんが前に出て、リボンの巻かれた手帳を差し出す。
「はい、これがあたしからのプレゼントよ」
「わぁ…嬉しい、ありがとうっ!」
ボクは手帳を握りしめ、これにいったい何を書こうかと思うだけでワクワクしてきちゃった。
そして次に、佐伯さんに背中を押されて樋口さんが前に出る。
「あの…その…こ、これっ!」
樋口さんが机の上に置いたのは、胸に抱きかかえられるような大きさの、ネコのぬいぐるみ。
「か…可愛いっ! すっごく可愛いよ、樋口さんありがとうっ!」
ボクがお礼を言うと、樋口さんはまた顔を真っ赤にしてうつむいてしまったけれど、口元に小さな笑みを浮かべていた。
「意外…男の子でも、ぬいぐるみもらって喜ぶんだ…」
という佐伯さんの言葉に、慎吾君が慌てて返事をする。
「そ、そりゃNANAは感激屋だし…男が可愛い物を好きでもおかしくないだろ?」
「まあ、そうなんだけど…神崎君、何だか女の子みたい」
女の子です。
「アハハ…その、よく言われます…」
内心冷や汗をかきながら、ボクは精一杯の笑顔を作る。
そして次に前に出てきたのは須藤さん。
「たいした物じゃないけれど…その…これを上げるわ」
手のひらに収まる小さな何かを、コトリと机の上に置く。
それは小さな子犬の人形がついたキーホルダーだった。
「わぁ…これもすっごく可愛いよ。須藤さん、本当にありがとうっ!」
「そ、そんなに喜ばなくても…その…」
ちょっぴり須藤さんの頬が赤く染まった気がした、それはきっと夕陽のせいじゃないと思う。
「…喜んでもらえて、こちらとしてもプレゼントを贈ったかいがあるわ」
須藤さんはプイと顔をそむけ、でもちょっぴり嬉しそうに笑っていた。
そんな須藤さんを微笑ましそうに見つめながら、弥生先生が前に出る。
「神崎君。私からのプレゼントはこれよ」
弥生先生が出したのは、1本のカセットテープ。
「この前の授業で使ったヒアリングのテープよ。神崎君、すごく楽しそうに聴いていたから…」
嬉しいな。このテープに入っている英語を理解するの、とても楽しかったんだもの。
「弥生先生ありがとうっ! これでいつでもヒアリングが聴けるね」
ボクのお礼を聞いて、弥生先生はとても嬉しそうに笑ってくれた。
そして今度は、伊集院君が前に出る。
「フッ…神崎君。キミのためにスイスで買ってきたプレゼントを贈ろう」
スッと差し出された伊集院君の手の中には、薄くひらべったい箱。
「いったい何が入ってるんだい?」
「気になるのなら、遠慮せず開けてみたまえ」
伊集院君の言葉に甘えて、ボクは箱を開けてみる。
すると、そこには真っ白な布が入っていた。これは…。
「最高級のシルクのハンカチだ。大切に使いたまえ」
そっと触れると、今まで感じた事のない不思議な感触。
とってもサラサラしていて、恐いくらいに気持ちいい。
「すごい…こんなの初めてだよ。シルクって…とってもすごいよっ! 伊集院君ありがとうっ!」
伊集院君は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、グイッと後ろから太陽君に引っ張られ、笑みを崩す。
「よっしゃ、次は俺の番だ」
ドンっと勢いよく机に置かれた箱を、太陽君はみずから開けにかかる。
そして、箱の中からピカピカのスニーカーを引っぱり出した。
「どうだっ! これすっげぇ人気で履きやすさ抜群の運動靴なんだぜ」
「ありがとう太陽君っ! 後で履いてみるよ」
「へへへ、これ探すの苦労したんだぜ。なにせ昨日、慌てて買いに走ったんだからな」
昨日? …あ、そうか。昨日太陽君が出かけたのって…ボクへのプレゼントを買うためだったんだ。
あ、昨日といえば…そうだ、パーティーに驚いちゃって、すっかり忘れてた。
あの日、慎吾君とライムちゃんは…。
「NA〜NAぁ、次はうちからのプレゼントや。受け取って〜」
ライムちゃんは太陽君を押しのけ、ボクの前に木製の写真立てを置いた。
…って、これは。昨日…慎吾君とデートしてる時に買っていた…。
恋人同士なんだから、一緒の写真を入れようって言ってたのに…。
「これに慎吾と一緒の写真でも入れて飾っとき」
とボクにしか聞こえないよう、ライムちゃんは小さな声でささやく。
え? それってつまり…。
もしかして昨日、慎吾君とライムちゃんが一緒にいたのって…デートじゃなくて、ボクのプレゼントを買いに?
驚愕の真実に気づき、しばし呆然としてしまう。
「NA〜NA、今さら恥ずかしがる事ない。うちはちゃーんと解ってるんやから」
ライムちゃんはボクが驚いている理由を勘違いしたらしく、意地悪そうに笑っている。
「あ、あの…その…。ありがとう」
「えへへ〜、どういたしましてっ」
最初は無理に笑おうとしたのだけれど、しだいに自然と微笑みが浮かんでくる。
ライムちゃんのプレゼントが、心遣いが嬉しくてたまらなかった。
「さ、いよいよ本命の出番やな」
「本命…って言い方はやめろよ」
げんなりとした顔でため息を吐いた慎吾君は、ズボンのポケットから細長い箱を取り出して前に出る。
「NANA、これが俺からのプレゼントだ」
慎吾君が箱を開けると、そこには空色のリボンが入っていた。
「これを…ボクに?」
「ああ、NANA代えのリボン持ってないだろ?」
慎吾君からプレゼントをもらえるだなんて…それも、こんなステキなリボンを。
「あ、ありがとうっ! 大切に使うから…ボクの宝物にするからっ!!」
あまりにも嬉しすぎて胸が熱くなり、思わず瞳に涙を浮かべてしまう。
「な、NANA…大げさだぞ」
「そんな…大げさ何かじゃないよ。ボク、本当に嬉しくて嬉しくて仕方がないんだから」
「やっぱ慎吾からのプレゼントは特別やろうからなぁ」
「うん…うんっ!」
ボクが涙をぬぐいながら力強くうなずくと、慎吾君は照れたように笑い、次に気まずそうな顔をする。
ふと、みんながボクと慎吾君を変な目で見ている事に気づく。
伊集院君と太陽君は何かを悟ったような、優しい目で見ている。
佐伯さんは呆気にとられたように、ポカンと目と口を開いている。
樋口さんはうらやましそうにボクを見つめ、弥生先生は苦笑いを浮かべている。
須藤さんは少し頬を染め、意味深にボクを見つめている。
ライムちゃんはボクと慎吾君を見て、幸せそうな微笑みを浮かべていた。
そんなライムちゃんを見ていたら、ボクも慎吾君も一緒になって笑っていた。
「あんた、ホンマに幸せ者やな…」
ライムちゃんがボクに再び歩み寄り、耳元でそっと呟いた。
ドサリとベッドの上に身を投げ出し、寝転がったまま大きく背を伸ばす。
「う〜ん、疲れたー」
「でも、楽しかったろ?」
「うんっ!」
日が沈み、パーティーが終わり、ボク達は寮へ帰ってきた。
みんなからもらったプレゼントは1人じゃ持ちきれなくて、慎吾君や太陽君にも手伝ってもらった。
ボクは自分の机に並べられたプレゼントを見て、また嬉しくて笑みを浮かべてしまう。
「よかったな、色々なプレゼントをもらえて」
「うんっ!」
「でもなぁ…ライムからのプレゼントが問題なんだよな」
「え、どうして? 写真飾るんじゃないの?」
「NANA…普通、男同士で撮った写真なんか飾らないっての」
「…そうなの?」
「そうなの。ったく、やっぱりあの時止めておくべきだったよ…」
「あの時…?」
あ、それってもしかして。
「あ、いやその…実は昨日、NANAのプレゼント買うの…ライムに手伝ってもら」
「ごめんなさいっ!」
突然謝ったボクの行動が理解出来ないのか、慎吾君はきょとんとした顔で固まってしまう。
そうだ…昨日の事、ちゃんと謝らないと。
「実は昨日…ボク、部活へ行くって出かけた慎吾君の後を…つけてたの」
「…へ?」
「それで…それで、慎吾君とライムちゃんが一緒にデパートで買い物してるのを見て…。ボク、勘違いしちゃって…」
「か、勘違い…って、どんな勘違いしたんだよ」
「ボク…てっきりキミとライムちゃんが付き合ってるんじゃないかって…そう思って」
「グハァッ!」
慎吾君は大げさにのけぞり、座卓の横のクッションへドサリと座り込む。
「NANA、俺がライムと付き合う訳ないだろ」
「で、でも…すごく仲良さそうだったから…。2人とも、あんなに嫌い合っていたのに…」
慎吾君はボクの机の上に置かれた、写真の入ってない写真立てを見て優しく微笑む。
「ライム…さ、何だかんだ言って俺達の事認めてくれたじゃないか。
夏休み前に新聞部の取材で映画研究会に顔出した時、ちょっと話をしてな…。
NANAとは上手くいってるかって、心配してくれたんだ。今じゃすっかりお友達だよ」
「そうなんだ…」
「その時にNANAの誕生日の事を話したら…一緒にパーティーやろうって言い出したんだよ。
それからすぐ夏休みに入って、準備のために部活って嘘ついて出かけてたんだ。ゴメンな」
ボクは思わずベッドから身を乗り出し、言った。
「そんな…ボクのためにしてくれた事なんだし、もう全然気にしてないよっ!」
「そっか。ま、あんなに喜んでもらえて…こちらとしても頑張ったかいがあったってもんだな。
結構苦労したんだぜ? 月島ベーカリーでケーキ注文したり、部室の飾り買いに走ったり」
「言ってくれれば手伝ったのに」
「NANAに手伝わせたら、パーティーを秘密にしてた意味なくなっちまうだろ」
「アハッ、それもそうだね」
パーティーが秘密だったからこそ、ボクはあんなにも驚いたのだから。
「それにしても準備が間に合ってよかったよ。先生に見つからないように部室の飾り付けするの、結構苦労したんだ」
慎吾君…ボクのために、本当に色々な事をしてくれたんだ…。
ありがとう。ボク…とても幸せだよ。
ボク自身すら知らなかった誕生日を祝うために…って、アレ?
「あの…慎吾君。今日がボクのお誕生日だって…どうして知っているの?」
「それはな」
慎吾君はニヤリと笑って立ち上がり、自分の机に向かって歩いていく。
ボクはベッドから降りて彼の後をついて行くと、慎吾君は机の下にあった布を取り払う。
そこにあったのは、宅配便の段ボール箱。
慎吾君は段ボール箱を持って座卓に行き、その上にそっと置いた。
そして段ボール箱の上に貼ってある、白い紙を指さす。
そこにはこの宅配便の送り主の名前が記されていた。
その名前は…。
「温子伯母さん…!?」
慌てて慎吾君の顔を見ると、彼は微笑みながらゆっくりとうなずいた。
もしかしてボクに神崎家へ帰るなって言っていたのも、誕生パーティーの事を知っていたから?
「ああ、温子さんからNANAの誕生日を聞いてたんだ。それで…」
慎吾君は段ボール箱を開き、中にある何かをそっと掴む。
ふと、慎吾君の顔に戸惑いと悲しみの色が浮かんだ気がした。
でもそれは一瞬で消えてしまう、もしくは気のせいだったのかもしれない。
「それで、これが……温子さんからの、誕生日プレゼントだ」
慎吾君が段ボール箱から取り出したのは、雪のように真っ白なワンピース。
とても清楚で可憐な雰囲気を持つ、女の子のお洋服。
「これ…」
「NANAもたまには女の子の服が着たいだろ? さすがに学園や寮の近くでは着れないけどな」
確かに、もうずっと女の子の服なんて着た事がないや。
「嬉しい…」
慎吾君から渡されたワンピースを抱きしめ、ボクはまた涙を浮かべてしまう。
彼のあたたかい指が、そっとボクの涙をぬぐう。
「NANA、これだけじゃないんだ。俺からリボンの他にもう1つ、プレゼントがあるんだ」
「…え?」
慎吾君は、ポケットから白い腕輪を取り出した。
その腕輪には鳥の羽根を模した飾りがついていて、とてもキレイ。
「天使の腕輪だ。ま、あまり高い物じゃないけど…NANAに似合うと思って」
「天使の…?」
「これ、一応女物だからさ…みんなの前で渡すのはどうかと思ってな」
「そんな…ボクは別に、みんなの前でもかまわなかったのに」
「…俺がかまうんだよ」
「でも…何だか悪いな。ボクのために、2つもプレゼントを…」
「いいんだよ。俺はリボンも腕輪も、両方プレゼントしたかったんだから。
今度…この服と腕輪を付けて、一緒にどこか行こうぜ。それだけで十分だよ」
慎吾君があまりにも幸せそうに言うので、ボクはそれ以上何も言えなかった。
「NANA…」
ボクの腰に慎吾君の腕が回されて、彼の胸に抱き寄せられる。
誰よりも愛しい人のぬくもりが伝わってくる。
「NANAは知らないだろうけど、俺はNANAから色々なものをもらってるよ」
「慎吾君…」
「俺にとってNANAは…幸せを運んできてくれた天使みたいな存在なんだ」
「そんな…それはキミの方だよ。キミがメールをくれなかったら、ボクはまだ…」
「NANA。俺…NANAの事、大好きだから。だから…だからずっと一緒にいような」
「うん…うんっ!」
腰に回されていない彼のもう一方の手が、そっとボクの顎を上に押し上げる。
視界が彼の優しい笑顔で埋まる。
彼の目が閉じ、ゆっくりとボクに顔を寄せてきた。
それが何を意味するのか気がつき、ボクも瞳を閉じる。
数瞬後、唇に柔らかくあたたかなものが触れた。
胸の鼓動が高鳴る。
息が苦しい。
瞳の奥が熱い。
今日、何度も感じた幸せの絶頂。
これ以上の幸せはないと、何度も思った。
けれどそれは、ここにある。
彼と交わす優しいキス。
ボクは今までにないほどの幸せに満たされながら、今日何度目かの涙を流した。
これからもずっと、この幸せの中にいたい。
彼と一緒に。