この、すばらしい世界で


七瀬くんの奥さんの名前は、便宜上『涼子さん』にしております。
後、書くのが難しくて伝わりにくい部分が多々あると思いますが、
その辺は読者様の想像力で何とかカバーしてくださいませ。
克雪様










「この、すばらしい世界で」






ピンポーン…
橘 慎吾とその妻、七海の住んでいる家のチャイムを、青年が鳴らす。
その青年の名は神崎 七瀬。
そしてその隣には彼の妻である涼子と、足元には娘のななもいる。
慎吾と七海から一通のメールが届いたため、
彼らはこの家を訪れることになったのだ。
だが、メールの内容はただ、
『7月29日、午後3時、涼子さんとななちゃんも連れて、うちに遊びに来てください。』
と、それだけしか書かれていなかった。
「ねぇあなた、義兄さんと義姉さん、何の用があるのかしら?」
もちろん、涼子は今日この日がどういう日かよく知っている。
それに、今日この家で何が行われるのかも。
しかし、七瀬は今日が何の日なのかすっかり忘れているようだ。
「さぁ…メールには何も書いてなかったし、何を訊いても『来ればわかる』って…。」
七瀬が涼子の方へ目を向けたその時。
ドアの向こうから何やら騒がしい音が響いてきた。





「いらっしゃいっ!!もう遅いじゃない七瀬。ずっと待ってたんだからねっ!」
ドアが勢いよく開くと同時に、可愛らしい声が七瀬の耳に飛び込んできた。
その声の主は、言うまでもなく七海だ。
十代の頃と変わらぬ声と小柄な体で、双子の弟である七瀬に抱きつく。
「ね、姉さん、そんな動いたら体に障るよ。」
「ふふっ、お義姉さんったら。」
「あ、七海おばちゃんだ〜。こんにちはっ。」
「こんにちは、涼子さん、ななちゃん。ずっと待ってたのよ。」
七瀬に抱きついたまま、七海は2人にも視線を向ける。
3人には、ほんの2ヶ月ほど前に実家で会ったばかりなのだが、
それでも七海は七瀬たち家族に会うのがよっぽど楽しみだったようだ。
「何だ何だ、騒がしい──お、なんだ来てたのか。
だったら上がってもらえばよかったのに。
って…なんだ七海、七瀬に抱きついて。これじゃあどっちが上かわからないな。」
玄関先の騒がしさに、慎吾がひょっこりと顔を出す。
その先に七瀬たちを発見したためか、その表情には自然と笑みがこぼれる。
「もうっ、あなたったら。どう見たって私の方が上よ?」
「はは…双子なんだから、同い年だよ。どっちが上というのも変だと思うけどね。」
七瀬は、七海の柔らかな髪をソッと撫でる。
まるで、歳の離れた妹や弟に『しょうがないなぁ』とでも言ってるかのようだ。
育った環境のせいか、七海は小さな子供のように無邪気で純粋な上に、
七瀬はしっかりと育てられたため、誰が見たって七瀬の方がお兄さんに見えてしまう。
「ほら、そんなところにいないであがってくれよ。」
「じゃあ、お邪魔させてもらおうかしら。ほら、なな、お靴はきちんと揃えて。」
涼子が、ななの靴を脱がせて家の中へと上がっていき、
七瀬もその後に続いて奥へと入っていく。






『いらっしゃい!』
「うわっ!?」
「きゃっ!!」
七瀬たちが慎吾、七海に続いてキッチンに入った瞬間、
2つの大きな声と、クラッカーのパンッという高い音が鳴り響いた。
その声とクラッカーを鳴らした張本人たちは、
申し訳なさそうに七瀬たちに頭を下げる。
「申し訳ありません、ちょっとはしゃぎすぎまして…。」
「私も、つい大人げなくって…ごめんなさいね。」
「あ、いえ…あの、それより…この飾りは一体何なんですか?」
七瀬は部屋をぐるりと見回し、派手な飾りの1つを指差す。
何やらめでたいことでもあるかのような、にぎやかな飾りだ。
それにテーブルの上にはパーティー用の大きなケーキが4つと、
豪華な料理が所狭しと並べられている。
が、誰もそのことには応えようとせず、クラッカーを鳴らした男が一歩前にでる。
「ああ、自己紹介がまだでしたね。」
「あ、私が紹介しますから、マスターは待っててください。」
七瀬と、マスターと呼ばれた男の間に、七海が割ってはいる。
『マスター』という時点で、七瀬にはこの男の正体がどことなく理解できているのだが、
七海はそんなことに気づかず、嬉々として七瀬たちにマスターについての説明を始めた。
「あのね、こちら、私がバイトさせて頂いている喫茶店、『バタカップ』の
マスターと、その奥さんなのよ。」
「初めまして、よろしくお願いします。」
「あ、こちらこそ姉がいつもお世話になっています。」
七海は、自分がバイトしていることを七瀬たちには話してなかった。
だから、バイトしていることを話したらきっと七瀬たちは驚くに違いない。
そう思っていたのだろう、無邪気に七瀬の顔を覗き込み、
どんな反応をするのかを楽しみに待っているような仕草を見せはじめた。
双子だから、などと特別な理由がなくとも、
七瀬には七海が何を期待しているのか瞬時に理解できた。
さすがに、顔を覗き込んで期待に満ちた眼差しで見つめられれば、誰でも気づくだろう。
「あ、そ、そうだったんだ…姉さん、バイトしてたんだ。知らなかったよ。
すごいなぁ、喫茶店でバイトするなんて。」
「ふふっ、そうでしょ?私も、初めは自分に出来るのかな?って思ってたんだけど、
やってるうちに、自分にも出来るんだってわかって、すっごく嬉しかったの。
それにマスターも奥さんも、お店に来てくださってるお客さんたちも、
みんなみんな、とっても優しいんですもの。」
まるで、初めてテストで満点を取った小学生のように、
無邪気に自分のバイトのことを話す七海に、涼子が思わず小さく笑う。
「ねぇあなた。お義姉さんって子供みたいで何だか可愛いわね。」
「うん…そうだね。姉っていうより、妹みたいだよ。」
「え〜?七海おばちゃん、パパの妹だったの?」
「あはは…違うよなな。妹みたいだなってことだよ。」
「まぁ七瀬ったら。私のどこが妹みたいなのよ。」
む〜、と頬を膨らませ七瀬をその大きな瞳で睨みつける。
自分では気づいていないのだろうが、そういう仕草が何とも可愛らしく、
精神的にどこか幼い印象が、実の弟である七瀬に『妹っぽい』と言われるゆえんだ。
「ほらほら七海ちゃん、せっかくなんだからそんなに拗ねない。
さぁ慎吾くん、アレを渡さないと。」
「あ…いや、まだ来てない人がいるので、全員そろってから渡そうと。」
「そう言えば義兄さん。どうして今日はボクたちを誘ったんですか?」
「え…?」






「ああ…そうだったんだ。やっと思い出したよ。」
「ふふっ、七瀬ったら自分の誕生日、忘れちゃってたの?」
「そうよあなた。でもおかげで、今回の件は滞りなく進んだけど。ね、なな?」
「うん、パパ自分のお誕生日忘れちゃってるんだもん、あたし、
おかしくって笑っちゃいそうになったんだから。」
「はは、そうかおかしかったか。でもパパは本当に忘れてたよ。
義兄さん、姉さん…ありがとう、呼んでくれて。
おかげで、楽しい一日になりそうだよ。」
「ああ、思いっきり楽しんでいってくれよ。
と…もうこんな時間か。あいつら、何やってるんだか。」
「あいつらって?」
七海が、慎吾の顔を覗き込む。
そんな七海に慎吾はニヤッと笑いかける。
「もうっ、教えてくれてもいいじゃない。」
「見てからのお楽しみだよ。」
「じゃあ、私も教えないんだから。」
「え、誰か呼んだのか、七海?」
フフッ、と軽く微笑み、七海は七瀬の方へ目を向ける。
「え、何姉さん?」
「フフ…見てからのお楽しみっ。」
と、七海が嬉しそうに微笑んでいると、チャイムの音が響き渡った。
慎吾が呼んだという人達が来たのか、それとも七海が呼んだという人が来たのか。
どちらにしろ、慎吾と七海は我先にと玄関へと向かって走り出した。
その様子を、マスターとその妻が嬉しそうに眺め、
七瀬たちは何が起こっているんだろうと言った表情で眺めていた。





「はいはい、今でるからな。ったく、時間厳守って言ったのによ…。」
慎吾は何度も連続で押されるチャイムに文句を言いながら、
玄関のドアを開けようとする。
「あ〜、私が開けようと思ってたのに…。」
「悪いな七海。俺、七海を驚かせたいからさ。
七海に開けさせるわけにはいかないんだよ。」
慎吾は強引に突っ込んでくる七海を制して、ゆっくりとドアを開ける。
「………な、何っ!?そんなバカな!?」
少しだけ開けたドアから外の人物を窺った慎吾は、
七海を驚かせるという当初の予定とは正反対に自分が驚いてしまった。
よほど外の人物が怖いのか、それとも生理的に受け付けないのか、
ものすごい勢いでドアを閉め、そのドアに背を預けてその人物の侵入を拒もうとする。
だがもちろん、外の人物もそんなことをされて黙っているはずもなく、
ドンドンとものすごい音を立てながらドアを無理矢理あけようとする。
「こら、開けなさい!!聞いてんの!?」
「はぁ、はぁ、はぁ…だ、誰が開けるか!!
何で、何で来てるんだ────ぐあっ!!」
が、恐ろしいほどの力でドアが開き、慎吾はそのまま弾き飛ばされ、
その人物の侵入を許してしまった。
「あんたねぇ、アタシの顔を見るなりドアを閉めるなんて
なかなかいい度胸してるじゃないの。」
威勢のいい態度で、女性が強引に玄関へと上がりこんでくる。
やや茶色がかった、腰まで伸びた艶やかな髪と、
170センチ前半はありそうな長身。
それでいて、細く華奢な、しかし出るところは出ている抜群のプロポーション。
その女性は、倒れている慎吾をその大きな瞳で睨みつける。
「あっ…お義姉さん!!来てくれたんですねっ!」
「はろ〜、七海ちゃん。」
「ぐっ…七海が呼んだのって…姉貴だったのか…そうと知ってたら、
バタカップに会場を急遽変更してたのに…。」
慎吾は、倒れたまま恐る恐る姉の方を振り返る。
と、その姉の両手にはどこかで見た覚えのある2人が掴まれていた。
首ねっこを掴まれていて、体は自分とは正反対の方を向いているため、
慎吾からはその2人が誰かはよく見えないのだが、確かに見た覚えのある2人だ。
しかも、高校時代には毎日のように顔を合わせていたような気もするし、
丁度一年前の今日にも会っていたような気さえする。
「あ、そうそう…この2人組、玄関先でうろうろしてて怪しかったからさ。
一応、首をトンッとたたいて気絶させたんだけど…警察にでも突き出しといて。」
そう言って、姉は掴んでいた二人をポンッと慎吾の前に放り投げる。
「た、太陽、光!?」
「ええっ!?太陽くんと伊集院くん!?」
「なんだ、知り合いだったの?」





「アタシの名前は、永愛(えあ)。橘 永愛よ。
永遠の『永』に『愛』と書いて、『永愛』。
慎吾とは2つ違いで、
今は『エリート』OLをやってるわ。一応、旦那と娘がいるんだけど…
それはまた今度ってことで。」
慎吾の姉──永愛──の自己紹介が終わり、後から来たメンバーの紹介は
これでひと段落。
一度慎吾の実家で会ったことのある七海、七瀬、ななは軽く挨拶を済ませ、
まだ会ったことのない涼子たちは丁寧に挨拶を交わした。
「い、痛い…まだ首筋がジンジンしてる…。」
「うむ…まさに不意打ちだったからな…。」
リビングのソファーに座り、首筋を丁寧にさする2人。
慎吾に引きずってこられ、一応は七瀬や涼子、ななに慎吾から紹介されはしたものの、
自分からはロクに挨拶すらできていない。
「でも、あなたが呼んでくれたのが太陽くんたちだったなんて…。」
「ああ、去年も呼んでただろ?だからさ、また呼んだら七海が喜んでくれると思って。」
「うん、すっごく嬉しい。何だか、楽しくなりそうなんですもの。」
「まさか姉さんが呼んでいたのがお義姉さんだったなんて…。」
「だって、七瀬ったらお義姉さんに可愛がられてて、楽しそうにしてたんですもの。」
確かに慎吾の実家に遊びに行ったとき、七瀬は永愛に『可愛い可愛い』と
攻め寄られて困惑はしていたのだが、どうやら七海にはその様子が
楽しそうと映っていたようだ。
七瀬も、永愛が苦手というわけではないのだが、やはり異性に言い寄られるのが
あんまり得意ではないのだろう。
どうにも緊張してしまい、すぐに離れてしまう。
「それにしても…慎吾と七海ちゃんの高校時代のねぇ。そういやよく慎吾から聞いてたっけ。」
「聞いてたなら、なんでこんな目にあってるんだ俺たちは…。」
ボソリと文句を漏らした太陽を、姉はチラッと横目で睨みつける。
「あ〜、何か肩こったわね〜…何か、飲み物でも飲みたい気分。
でないと…ああ、手がいつの間にか『チョップ』の形に〜。」
言葉どおり、永愛はチョップの形になった手をブンブンと振り回している。
ちょうど、人の首を後ろから叩くように、鋭く、すばやく、力強く。
「お、お姉さん、俺でよろしければ肩をお揉みします!」
「は、はい、ただいまジュースをお持ちします!!」
「アタシ、ビールがいいなぁ。」
「はい!おい橘、ビールはどこにあるんだ?」
太陽、光が勢いよくソファーから立ち上がり、まるで永愛の僕(しもべ)のように──いや、
牛馬のごとく忠実に動き始めた。
その様子を、慎吾たちは苦笑いしながら眺めている。
「ところでお義姉さん、首筋を叩くだけで気絶させちゃうなんて、何か習っていたのかしら?」
涼子が、くつろいでいる永愛の隣に座り、声をかける。
今日初めて会ったばかりの、義兄の姉ということもあり、
どこか遠慮がちな態度に永愛は少し眉をひそめながら質問に答える。
あまり、こういう遠慮がちな態度というのは好きではないようだ。
「そうね〜。慎吾から聞いてないみたいだから言っちゃうけど…
アタシ、こう見えても中学2年頃から、護身術を習ってたのよ。
チョップを繰り出す角度は、こう──45度から50度くらいで、
手首をひねりながら、鋭く──」
ヒュッ、ヒュッと鋭い音をたてながら、
永愛が華奢な腕を振りはじめる。
その様子を窺っていた太陽と光の顔が、
さっきの出来事を思い出したのか、見る見るうちに青ざめていく。
「お義姉さん、人の妻に妙なこと教えないでください。」
永愛と涼子の様子を窺っていた七瀬が、2人のところへと駆け寄ってくる。
「あら七瀬くん、涼子さんが危ない目にあってもいいっていうの?
これくらいの護身術、最近の女の子なら常識よ?」
「で、でも…。」
「お、お待たせしました、ビールをお持ち致しました。」
ジョッキに一杯注いだビールを、光が永愛の前に差し出す。
「お、お姉さん、肩のほう、どうでしょうか?」
「あら悪いわねぇ、2人とも。あ〜、太陽くん、もっと右の方に力を入れてくれないかしら?」
「かしこまりました!」
牛馬というより、すでに王とその側近のような状態だ。
「おい、慎吾!こっちこっち!!」
肩を揉んでいた太陽が、慎吾を手招きして自分の方へと呼び寄せる。
が、慎吾と話をしていた七海もそれについていく。
「何だよ、俺忙しいんだけど。」
「お前、なんでお姉さんが護身術習ってるんだよ!?」
永愛には聞こえないように細心の注意を払いつつ、慎吾に文句をこぼし始める。
それに対し、慎吾も永愛に聞こえないように小声で返事をする。
「何か姉貴、中学のころからモテモテだったらしくてさ…
つきまとってくる男連中がうっとおしいからやっつけるんだって習い始めたんだよ。
今じゃ腕前はプロ級らしいけどな。」
「へぇ〜、すごいんだ。私も習っちゃおうかなぁ〜。」
「はは、七海には向いてないよ。それに、俺がいるから習う必要もないだろ?」
「あ…うんっ。」
慎吾の言葉が嬉しかったのか、七海は慎吾の腕にギュッと抱きつく。
「…ラブラブだなお前ら…。」
「お姉さん、ビールのおかわりはいかがでしょうか?」
「そうだお姉さん、左の方はこってないですか?」
光が、永愛のご機嫌を伺いつつビールのビンを軽く差し出し、
太陽はまだ肩を揉み続けている。
「プッ…あはははははは!!」
そんな2人の様子をみて、永愛は思わず大声をだして笑い始めてしまった。
当然、近くにいた涼子や七瀬、それに少し離れていたマスターたちも呆然としている。




「いや〜、ごめんごめん…あんた達を見てると面白くってさ。
何か、昔の慎吾見てるみたいなんだよね〜。」
「お、俺たちが慎吾みたいって…。」
「む…どういう意味なのだろうか?」
慎吾と似ているというのが不満なのだろうか、太陽と光は眉をひそめる。
「ああ、こう…相手のご機嫌伺ってるところとか、
ドンドン調子に乗って、アレやコレややってくるところとか。
何か見てて可愛いんだよね。」
そう言って、永愛は後ろに居る太陽と、ビールを注いでいる光を交互に見る。
太陽たちがいくら大人とはいえ、弟と同い年なのだから、
永愛からしてみれば太陽たちだって十分可愛く見えるのだろう。
「だから、俺たちをあごで使ってるのか…なんだかな〜。」
「あはは…ごめんなさいね、調子に乗っちゃってさ。」
太陽の一言に、永愛が急に静かになってしまう。
今までの子供っぽい笑みはどこへやら、大人の雰囲気が永愛と周囲を取り囲み始めた。
「あ、いや…俺たちは別にこき使ってもらっても別に…なぁ光?」
「そうだとも。僕たちも大人だ、嫌なことはちゃんと嫌と言えるわけだし…。」
「ありがと、でも大丈夫。
あのね…あんた達も知ってるかもしれないけど、
ほんの数日前まで連続強盗事件があったんだよね。しかも2人組みで。
もう捕まっちゃってるんだけど、もしかしたら太陽くんたちも…って思ったからさ。」
「だから俺たちの首筋に…。」
「そ。せっかく、弟と可愛い義妹が幸せに暮らしてるのにさ、
そういう輩に邪魔されたんじゃ可哀相じゃない。
アタシ、そういうのだけは絶対に許せないからさ…。」
「お義姉さん…私たちのこと心配してくれて…。」
永愛の言葉に七海は感動したのか、ギュッと手をきつく握り締め、
そんな七海の肩を、慎吾はそっと抱き寄せて頭を優しく撫で始める。
「姉貴ってさ、こういう人なんだ。
本心は表に出さず、ああいったふざけた態度でごまかして、
周囲を自分の本心からさりげなく遠ざけるんだ。
太陽たちを強盗と思って一撃喰らわしたことも、本当なら言うつもりなんてなかったんだろうな。」
「そうなんだ…でも、さすがあなたのお姉さんね。
だって、あなたと同じでものすごく優しいんですもの。」
「はは、何か照れるな。」
七海と慎吾のやり取りを、永愛が優しい眼差しで見つめる。
その眼差しを見るだけで、2人のことを心から大切に思っているということが
十分に感じ取れるほどだ。
そんな中、太陽が静かになった空気をかき消そうと、わざと大声を上げる。
「それはそうと慎吾、アレはもう2人に渡したのか?見たところ、2人とも
まだつけていないようだけど?」
「ああ、お前たちがまだだったからさ。
そうだ、じゃあ今から渡すか。七海、ちょっと待っててくれよな。」
慎吾は思いついたようにポンッと手を叩いて、
大急ぎで部屋を出て行き、自室へと戻っていった。





「お待たせしました!本日のメインイベント、七海&七瀬への誕生日プレゼント贈呈です!」
慎吾の言葉を合図に、マスター夫妻と太陽、光、永愛
さらに涼子やななから、盛大な拍手が巻き起こる。
そんな中で、当の本人たちは恥ずかしそうにうつむいて、
お互いの顔を覗きあっている。
「えっと…あの…。」
「ボクたちにプレゼントって…もう、そんな歳じゃないよ。」
「歳なんて関係ないって。さて、じゃあプレゼント贈呈!ほら、受け取ってくれよ。」
慎吾が差し出した、両手で持てるくらいの大きさの箱。
ピンクの包装紙が青いリボンにクルクルと巻かれていて、とても可愛らしい。
その箱を、七海と七瀬がお互いの顔を見て照れながら、ゆっくりと受け取る。
と同時に、もう一度盛大な拍手が巻き起こる。
まるで、生まれて初めてのバースデーパーティのようだ。
「ありがとう!私、すっごく嬉しい!」
「うん、ありがとう…ボクも、嬉しいよ。」
2人とも、本当に幸せそうに微笑みながら、慎吾や他のみんなに顔を向ける。
それを見たみんなもまた、幸せそうな笑みを浮かべ、
2人に箱を開けるように勧める。
それに応え、七海と七瀬がリボンをはずし、包装紙をはずして、箱のフタをあける。
「あ…。」
中から出てきたのは、陰陽のシンボルとでも言うべき、
勾玉の形をしたペンダントだった。
もちろん、本物の陰陽のマークのように、2つの勾玉が連なって1つになっているものではなく、
それぞれが独立した1つの勾玉になっていて、
それらがちょうど向き合って入れられており、
パッと見た感じは陰陽の形に見えるようになっている。
ただ、陰陽の白黒と違い、それぞれが金色と銀色で、
その真ん中には可愛らしい天使が刻まれている。
その天使たちは、それぞれが内側──相手の天使の方──を向いており、
まるでお互いを祝福しているかのようだ。
「素敵…キレイね。」
「うん、キレイだね。」
それぞれ七海が金色の方を、七瀬が銀色の方を手にとって眺めている。
「気に入ってくれたか?」
「もちろん!」
七海と七瀬が、そろって声をあげる。
そんな2人を、さすが双子だなと言った表情で慎吾が見つめる。
「そうだ、くっつけてみるか?」
慎吾がそう言って箱の中からペンダントをはめ込むための勾玉型の台座を2つとりだし、
2人からペンダントを受け取る。
それぞれのペンダントを台座にはめ込み、
その台座を陰陽のシンボルのようにくっつける。
2つがくっつく場所には、強力なマグネットが貼られているため、
ぴったりとくっついて、パッと見た感じは1つのマークのようになる。
台座に入れてあるため、箱にしまわれていたときよりも
キレイに陰陽の形に見えるようになった。
まさに、2つで1つだ。
「わぁ…すごい!。」
「うん、陰陽のマークそのものだね。」
「ああ、陰と陽、光と影、表と裏。
どちらも相反するものだけど、どちらかが欠けてもいけない。
お前達双子にピッタリだと思ってな。
俺やマスター夫妻で商店街に行って見つけてきてさ、他のみんなにも相談して決めたんだ。
もちろん、姉貴は俺が呼んでなかったから知らないんだけどな。」
その言葉をきいた七海たちの顔が、パァッと明るくなる。
慎吾たちの心遣いが心に届いたのだろう、
七海は思わず慎吾の腕に抱き、七瀬も慎吾の手をギュッと握る。
「あなた、本当にありがとう!」
「兄さん、みんな、本当にありがとう。」
「いや〜、何か照れるな…そうそう、これさ、
他にも仕掛けがあるんだ。ほら…。」
ペンダントの入っていた箱の底から、2つのブレスレットが姿を現す。
それぞれが金色と銀色に輝いており、
勾玉型の台座がはめ込まれるためのくぼみがあいている。
慎吾はそこに、台座を器用にはめ込んでいく。
「すごい、すごい!ペンダントが、ブレスレットになっちゃった!」
「へぇ、すごいや…最近のアクセサリーってこんなこともできるんだね。」
「ああ、さっそくブレスレットもつけてみてくれよ。」
慎吾に促され、七海は金色のブレスレットを右手に、
七瀬は銀色のブレスレットを左手につけて、みんなに見えるように並べてみせる。
「へぇ、似合ってるじゃない。天使ってところが可愛くて2人に似合ってるわね。」
「ええ、本当に。」
永愛と涼子はすっかり意気投合したのか、2人揃って頷きあっている。
やはり女性同士、こういったアクセサリーには目がないのだろう。
「お義姉さん、ボクは男なんだから、可愛くて似合ってるというのは…。」
「あらいいのよ、男の子でも可愛いのは可愛いんだから♪」
永愛に可愛いと言われて照れている七瀬を見て、七海はクスクスと笑みをこぼす。
傍から見ていると、何とも言えず幸せそうな光景だ。
「お〜い、そろそろ飯にしようぜ〜。俺もう、腹減って腹減って…。」
「やれやれ、いい雰囲気が台無しだな太陽。
キミにはもう少し、こういった大人な雰囲気を理解する頭が欲しいものだな。」
「ああ、じゃあ乾杯といこうか。
誰かさんはすでに一人だけビールガブガブ飲んでたけどな。」
慎吾は永愛のほうをチラッとみながら、みんなにビールの注がれたグラスを手渡していく。
もちろん、未成年…というか子供のななにはオレンジジュースだが。
「何か言ったかしら、慎吾?」
「いえ、何でも。さて、じゃあみんなグラスは持ったな?
じゃあ、乾杯!!」
『かんぱ〜い!!』






次へ