サンタの秘密はユメのナカ?
「クリ…スマス?」
ボストンバッグに荷物を詰め込む手を止めると、NANAはきょとんとした顔で振り返った。
「そ、クリスマス。俺はちょっとみんなで遊ぼうかと…」
「クリスマスがあるのっ!?」
「わっ!」
NANAは瞳をキラキラと輝かせながら、隣で荷物整理をする俺にグッと顔を寄せてくる。
「クリスマスって、モミの木にお星様を付けて、みんなでパーティーをして、七面鳥を食べて、恋人同士がデートして……、
それに、サンタさんからプレゼントをもらったりするんでしょっ!?」
「あ、ああ…クリスマスは25日、イブは24日からだからな。冬休みが始まってすぐだ」
「そういえばそうだね。ボク、もうすぐクリスマスだって事すっかり忘れてたよ」
「ハハ、年に1度の大イベントだってのに…普通忘れるか?」
俺はおどけた口調で言って、荷物整理を再開した。
鷹宰学園での授業が終わり、今日から冬休みが始まる。
みんな帰省の準備に追われる中、俺は帰省とは別の準備もしていた。
美月がクリスマスに若菜ちゃんと遊ぶ約束をしており、俺も来ないかと誘ってきた。
どうして俺を誘うのか訊いてみると、美月曰く「人数が多い方が楽しいから」だそうだ。
だから俺は若菜ちゃんに気がある太陽を誘い、そのオマケとして光にも声をかけた。
2人(特に太陽)は大喜びで快諾し、クリスマスは美月達と一緒に遊ぶ事に決定した。
しかし女性陣の参加者の澪ちゃんは、クリスマスを実家で過ごさなくてはならないらしい。
光も伊集院グループのクリスマスパーティーへ出席せねばならず、若菜ちゃんも用事があるとの事だ。
だから遊ぶといっても、夕方には解散してしまう。
これは俺にとって好都合だった。
――解散した後、NANAとデート出来る…っ!
前々からしていたあいつとの約束は、夜に落ち合う予定なのでデートしても遅れる事はないだろう。
けれどまさかクリスマスの事を忘れていただなんて、NANAってやっぱりどこか抜けてるんだよなぁ。
「私ね」
NANAの呟きに振り返ると、なぜかとても寂しそうに俺を見つめ返していた。
「…NANA?」
「私…クリスマスに誰かと何かをした事なんてないから、だからクリスマスがあるって忘れちゃってたんだね」
「え…?」
そうか。そうだよな…。
NANAは今までずっと外の世界を知らずに育ってきたんだ。
だからクリスマスだって、きっと寂しい思いをしていたんだろうな…。
「…なあ、NANA。クリスマスさ、みんなで遊ぼうって事になったんだ。
太陽や光だけじゃなく、女子達も一緒だ。だからNANAさえよければ、一緒に…」
「そ、それってもしかしてクリスマスパーティーっ!?」
さっきまでの寂しそうな表情が嘘のように、元気いっぱい期待いっぱいの笑顔になってNANAは詰め寄ってきた。
「い、いや…パーティーってほどのもんじゃないけど、みんなでどっか遊びに行こうって話が…」
「行くっ! ボクも行くよ絶対行くっ! 慎吾君やみんなと一緒に遊びたいっ!!」
「ああ、一緒に遊ぼうぜ」
子供のようにはしゃぐNANAを見ていると、俺もなんだか楽しくなってきた。
瞳をキラキラと輝かせながら、クリスマスにいったい何をして遊ぶのかと空想を膨らませている。
そんなNANAに、俺はもう1つとっておきの話をしてやった。
「NANA。クリスマスはみんな用事があるからさ、夕方には解散しちまうんだ」
「え、そうなの? ちょっと残念だな…」
「だから解散した後、2人きりでデートしようぜ」
「…デート? ボクと、慎吾君と…2人きりで?」
「ああ」
NANAはポカンと口を半開きにして、口の中で俺の言葉を反芻して確かめて、
その意味を理解すると、頬を染めて俺にしがみついてきた。
「わわっ!」
NANAのぬくもりが服越しに伝わり、サラサラの髪からほのかにシャンプーの甘い香り。
無邪気な彼女の耳元で俺の鼓動が高鳴る。
腕が自然に動き、NANAの背中を包んだ。
「慎吾君、ボク…すごく嬉しいよ」
「…そうか、良かった」
熱い胸が、服の上から冷たく濡れた。
感激屋のNANAは、きっと嬉し涙を流しているのだろう。
馬鹿だな、これくらいの事で泣かなくてもいいのに。
クリスマスプレゼントなんて贈ったら、もっと大泣きしちまうかもな…。
そっとNANAの頭を撫でると、俺の胸により強く顔を押し付けてきた。
可愛いな。
「…私ね」
「ん?」
「私…冬休みが始まったら、慎吾君と離れ離れになって…1人ぼっちになっちゃうと思っていたの。
だから私…、すごく嬉しい。すごく嬉しいの……」
そうか。NANAの涙には、そんな意味もあったのか。
安心させるよう、NANAの背中をポンポンと軽く叩く。
「NANA…クリスマス、期待してろよ。きっと、すっげぇ楽しいから」
「うん…!」
胸の中で、NANAが笑った気がした。
俺達が幸せに浸っていると、突然部屋のドアが開け放たれる。
その瞬間、俺とNANAは互いの身体を突き飛ばした。
「オーッス、遊びに来たぜ〜っ!」
来訪者の正体は、光に日頃からデリカシーの無い奴だと言われている太陽だった。
「ん? お前等、何してんだ?」
俺はベッドに背を預ける形で座り、NANAは荷物を詰め込んだ鞄の上にお尻を乗せてしまっていた。
「いや、えーと、その…ノックぐらいしろよなっ!」
「ノックしたけど、返事なかったぞ?」
「え? あ、そうなのか。悪ぃ、気付かなかった」
太陽はいぶかしげに俺とNANAを見つめたものの、すぐ脳天気に笑い出した。
「ま、いいや。それよりさ、今から遊ばないか? 何たって今日から冬休みなんだし…」
「悪ぃ、まだ荷物片付けてないんだ」
「何だ、まだなのかよ」
残念そうに眉を寄せる太陽だが、今は邪魔なので早々に追い出す事にしよう。
「そ、だから邪魔すんなよ。それに明日は早いんだし、あまり夜更かししたくないんだ」
「そっか、じゃあまたな」
単純な太陽はあっさりと引き下がり、ヘラヘラ笑いながら部屋を後にした。
俺とNANAはホッと安堵の息を吐き、ドアの鍵を締めた。