サンタの秘密はユメのナカ?
クリスマス当日。
俺は青いトレーナーに濃緑のジャケット、黒いズボンを履いてリュックを背負い、駅の中を走っていた。
なぜ走っているのか? それは待ち合わせ場所の駅入り口へ向かっているからだ。
なぜ走らなくてはならないのか? それは俺が寝坊したからだ。
そして俺の隣を、幼馴染みの美月が走っている。
なぜ俺の隣を美月が走っているのか?
それは美月も寝坊し、実家から一緒に電車でやってきたからだ。
「畜生っ! 何で今日に限って寝坊しちまうんだっ!!」
「なんであんたまで寝ぼけて目覚まし止めちゃうのよっ!」
「お前こそなっ! 姉貴が蹴り起こしてくれなかったら完璧に寝過ごしちまうとこだったっ!」
「峰央…帰ったらぶん殴ってやるっ! 起こせって言ったのに起こさないし…」
「どうせ起こされてもそのまま眠ってたんだろ? 自業自得だ」
「悪かったわねっ! それにあんただって人の事言えないでしょっ!?」
怒鳴り合いながら全力疾走し、待ち合わせ場所へたどり着いたのは約束の時間を10分ほど過ぎた頃だった。
駅入口にある噴水前にいる数人の男女が、俺達の方を振り返った。
光も太陽も澪ちゃんも若菜ちゃんも、もうすでに来ている。
「ゴッメ〜ン、遅くなっちゃった」
美月は走りながら手を振り、若菜ちゃんがホッと安堵の微笑を浮かべた。
「悪ぃ、遅くなった」
俺が走りながら謝ると、太陽の背後からNANAが現れ、俺の方へ走り寄ってきた。
「慎吾く〜んっ!」
そのままNANAは俺に飛びついてきたので、慌てて抱きとめる。
「遅かったじゃないかっ! ボク、すっごく心配してたんだからねっ!」
「ご、ゴメンNANA…」
NANAのいつもと同じようにタンクトップの上にゆったりとしたトレーナーを着て、その上からベージュのコートを着ていた。
襟元にはあたたかそうな、ふわふわとした毛皮が付いている。
コートは男でも女でも着れるデザインの物だったので、NANAがいつも以上に女の子らしく見えた。
「慎吾君、顔真っ赤だよ。大丈夫?」
「へ? あ、ああ」
ここまで走ってきたからすっかり息が上がってしまっているが、顔が赤いのは…多分、そのせいだけじゃない。
NANAをそっと身体から離してみんなの方を見ると、黙ったまま見つめ返してきた。
そして今の状況を再認識する。
男の胸に飛び込む男と、それを抱きとめる男。
「ち、違うんだ。これは…」
「まあ、仲よきことは美しきかな。という事だな」
光の一言で俺の弁解は強制終了される。
「全員揃ったのだし、早く行くとしよう。ここは寒くてかなわん」
光を先頭とし、みんな歩き出した。
俺もNANAと一緒に後を追う。
「ねえ慎吾君、何だか元気ないけど…大丈夫?」
「…ああ、ちょっと走り疲れただけだ」
「だったら少し休んでからの方が…」
「いや、大丈夫」
ホントはおホモ達疑惑で落ち込んでるんだけど、それを言うと今度はNANAが落ち込んじまうだろうからなぁ…。
ああ、いっそみんなに真実を打ち明けてしまいたい。
俺達の事を誤解しないでいてくれる理解者が欲しい。
と、俺は心の中で強く願った。
「ラブラブやな」
いきなり耳元で囁かれ、俺は肩を跳ね上がらせる。
「わっ!? ら、ライム…?」
「NANAに抱き付かれるやなんて、ホンマ羨ましいわ」
ニヤニヤと笑うライムと、無邪気に笑うNANAに挟まれながら、俺は頭をかかえていた。
ライム…俺達の関係をある意味もっとも誤解している奴。
「ライム、誘った覚えのないお前がどうしてここにいるんだ――」
「NANAに誘われたんや」
「…そうか、NANAに誘われたのか――」
隣のNANAの顔を覗き込むと、ニッコリと笑って言った。
「みんな一緒の方が楽しいもんねっ!」
「…そうだな」
青く晴れ渡った空を遠い目で見つめながら、俺は思った。
――わーい、楽しいクリスマスになりそうだ…。
橘慎吾、神崎七瀬(七海)、須藤澪、樋口若菜チーム。
伊集院光、川崎太陽、佐伯美月、ライム・リーガンチーム。
「さて、チーム分けも終わったしさっそく始めるとしようか」
「ちょっと待て」
俺は光の肩を力いっぱい掴んだ。
「やり直しを要求する…」
「公平なクジの結果だ、あきらめろ」
「クジは公平だとしても…結果は公平じゃねーだろ。このチームでどうやって勝てっつーんだ?」
「がんばれ」
こうして、俺達はボーリング勝負をする事になったのだ。
ボーリング経験の無い3人とチームを組んで、戦う前から勝利の笑みを浮かべる4人と。
伊集院系列の運営する最新のボーリング場、そこが決戦の舞台。
負けたチームは勝ったチームに昼飯をおごる事になっている。
…冗談じゃない、俺はとある買い物のせいで自分の昼食代すら辛い金欠なんだぞっ!
というか、今回クリスマスに遊ぶ金だって半分は高利貸し(姉貴)に借りた物なんだ。
…絶対に負ける訳にはいかない。
「こうなりゃヤケクソだ…やってやるっ! みんな、準備はいいかっ!?」
「うん、ルールはちゃんと覚えたよっ!」
「一応ボールの投げ方も書いてあったから、多分大丈夫よ」
「あの…その…得点の付け方がまだよく解らないですけど…がんばります」
…わーい、心強いお言葉。
一方隣のレーンでは…。
「フッ…ボーリングか、久し振りだな。腕がなまっていないといいが」
「へっへ〜、今日はいくつストライク出せるかな?」
「若菜。友達とはいえ真剣勝負なんだから、手加減しないわよ〜」
「慎吾…恋には負けたけどボーリングじゃ負けへんでっ!」
ライム、さりげなく余計な事を言うな。
こうして戦う前から結果が見えているような勝負が始まった。
勝負は3ゲーム行われる。
一回戦。
「NANA…そんな力任せに投げるとコントロール悪くなるぞ」
「澪ちゃん…投げる時はボールじゃなく前を見て投げた方がいいよ」
「わ、若菜ちゃんっ! レーンは滑るから危な…ああっ!!」
「フッ…スペアか、まあまあの結果だな」
「よっしゃぁ! ストライクだぜっ!」
「やったっ! 見た見た? ダブルよダブルっ!!」
「どうや、これがうちの実力や…ターキーでぶっちぎりのトップやーっ!」
二回戦。
「そうだNANA、あまり力まず真っ直ぐ転がるように投げるんだ」
「よーし澪ちゃん、その調子できちんと狙えば上手くいく」
「わ、若菜ちゃんっ! 疲れたのは解るけど…ボールはしっかり持たないとすっぽ抜け…うわーっ!!」
三回戦。
「やったぁっ! 慎吾君見て見て、またストライクを取ったよっ!」
「やったわ。3ゲーム目はここまで全部スペアよ」
「やりましたっ! 初めてピンを倒せて…やっと1点ですっ!」
もともと運動神経の良いNANAと澪ちゃんはコツをすぐに掴み、ものすごい追い上げを見せた。
俺も今日は調子が良くまずまずの成績を修め、3人で若菜ちゃんのミスをフォローする。
「くっ…橘め、教えるのが上手いな。それにあの2人の学習能力も恐ろしい…」
「若菜ちゃん…ついにピンを倒せたんだな。おめでとうっ!」
「ちょっと、もう点差がほとんど無いわよ? このままじゃ逆転される可能性も…」
「次の十投目で最後や…こっちがガーターでもせぇへん限り絶対勝てるっ」
こうして最終決戦の幕は切って落とされた。
光も太陽も美月も、プレッシャーに負けずスペアやストライクと好成績を出す。
しかしこちらも負けてはいない。
俺は見事スペアを出し、最後の一投でもピンを8本倒し18点を獲得する。
NANAはダブルを出した後、ピンを7本倒し27点を獲得した。
澪ちゃんはスペアの後、ついに初めてのストライクを出し20点獲得だ。
これでどれだけ光達のチームに追いつく事が出来たか…。
「な、何と…両チームの合計スコアを計算してみたのだが、同点だっ!」
「何ぃっ!?」
「マジかよっ!?」
「やったっ! ついに追いついたねっ!」
面白くなってきたと騒ぎ出す中、1人冷静な澪ちゃんの言葉がみんなを黙らせる。
「じゃあ、次の勝負で決着が着くという事よね…」
次の勝負。
光達のチームは、スペアやストライクを出しまくりこれまでターキー3回のライム。
俺達のチームは、3ゲーム目終盤でやっとピンを1本倒しスコアが1の若菜ちゃん。
「よし、勝ちは決まりやっ!」
勝負する前から勝利宣言するライム。
意気揚々とレーンに向かい、ライムはボールをごしごしと磨きだした。
「若菜ちゃん、キミが最後の希望だっ!」
「若菜ちゃん、がんばってっ!」
「樋口さん、リラックスして投げればいいのよ」
俺達の期待を一身に背負い、若菜ちゃんはボールを手に取る。
「あの…その…がんばりますっ!」
こうして、最終決戦もついに佳境を迎えた。
ライム、自信満々でボールを投げた。
ボールはゴロゴロとピンに向かって転がり…途中から左に曲がり、ピンをかすりもせず…。
「ガーターだっ!」
俺は拳を握り締めて飛び上がった。
これで希望が見えてきた。もう一度ライムがガーターを出してくれれば、若菜ちゃんが1本でもピンを倒せば勝利だ。
「そ、そんな馬鹿な…うちがガーター…」
「へへ、勝ったと思って油断するからそうなるんだよ」
「くっ…上等やっ! 次でピン全部倒してスペア取ったるわっ!」
「そうやって力むと、またガーター出すぜ」
「うるさい、黙っとりっ!」
ライムは目をギラギラと光らせ、戻ってきたボールを手に取った。
「見とりぃ…絶対にスペア取ったるっ!」
いきり立ったライムは、思いっきり力を込めてボールを投げた。
あれじゃあコントロールは期待出来ず、またガーターになる可能性が高い。
俺は思わず唇の端を吊り上げた。
ボールは、真っ直ぐとピンへ向かっていった。
ボールがピンをはじき飛ばし、飛ばされたピンが他のピンへと衝突する。
壮絶なピンアクションが終了した時、全てのピンは倒れていた。
「どうや、これでスペアやっ!」
クルリと振り返り握り拳をかかげながら、再び勝利の笑みを浮かべるライム。
これでこちらの勝利は絶望的になった。
「わ、若菜ちゃん…これはもう勝てなくても仕方ないから、気楽に投げちゃっていいよ…」
「は、はい…」
俺はドサリと椅子に腰を下ろし、何の期待も持たずレーンに向かう若菜ちゃんの後ろ姿を見た。
若菜ちゃんはボールを両手で抱きかかえるように持ちながら走り、レーンの前で手を離す。
レーンの上に落とされたボールはコロコロとゆっくり転がっていき、ピンのほぼ正面へと向かっていく。
ボールが先頭のピンを倒し、倒れたピンが他のピンを倒し、それが何度か繰り返され、
ゆったりとした迫力のかけらもないピンアクションの果て、全てのピンが倒れた。
「す、す、ストライクだっ!」
「若菜ちゃんおめでとうっ!」
「樋口さん…あなたは勝利の女神よっ!」
拍手と歓声に包まれながら、若菜ちゃんは恥ずかしそうに微笑んだ。
「やったぜ若菜ちゃんっ! おめでと〜っ!」
「若菜ったら、やれば出来るじゃないっ!」
隣のレーンで、太陽と美月まで喜んでいる。
「くっ…まあええわ。偶然なんてそう続くもんやない…次でうちがストライクでも取ればそれで終わりや」
そして言葉通り、ライムはストライクを出した。
「イエーッ! どうや? これでうちの勝ちは決まりやな」
俺達は再び奇跡が起こる事を祈りながら、若菜ちゃんの二投目を見守った。
若菜ちゃんはボールを両手で抱きかかえるように持ちながら走り、レーンの前で手を離す。
レーンの上に落とされたボールはコロコロとゆっくり転がっていき、ピンのほぼ正面へと向かっていく。
ボールが先頭のピンを倒し、倒れたピンが他のピンを倒し、それが何度か繰り返され、
ゆったりとした迫力のかけらもないピンアクションの果て、全てのピンが倒れた。
「奇跡だっ!」
「すごいすごいっ! 若菜ちゃん、ダブルだよダブルっ!」
「樋口さん、これで同点になったわっ!」
若菜ちゃんは顔を真っ赤に染め上げ、けれどとても嬉しそうに笑いながら俺達の所へ駆け戻ってきた。
そんな若菜ちゃんを囲んで、俺達は祝福の言葉を投げかける。
澪ちゃんと若菜ちゃんは手を握り合い、NANAも俺の腕にしがみついて喜んだ。
一方、光は呆気にとられた顔でスコア表を見つめ、美月はいつの間にか若菜ちゃんに抱き付いている。
そして飛び跳ねて喜ぶ太陽を、ライムが後ろから蹴り倒した。
「くっ…まさかこんな事になるやなんて…」
「これで同点、昼飯をおごらなくてすむぜっ!」
「まだ同点と決まった訳じゃないわ」
再び、冷静な澪ちゃんの声。
一同の視線が集中する中、澪ちゃんは淡々と語った。
「だって十投目でストライク2回という事は…もう一度投げられるという事でしょう?
次で樋口さんが1本でもピンを倒したら…こちらの逆転勝利よ」
「おおっ! そういえばそーじゃん。ラ〜イ〜ムちゃん、昼飯はそっちのおごりになりそうだな」
「ううっ…奇跡はそんな頻繁に起こるもんやないっ! また今までみたいにガーターになれば…」
そして最後の一投。
若菜ちゃんはボールを両手で抱きかかえるように持ちながら走り、レーンの前で手を離す。
レーンの上に落とされたボールはコロコロとゆっくり転がっていき、ピンのほぼ正面へと向かっていく。
ボールが先頭のピンを倒し、倒れたピンが他のピンを倒し、それが何度か繰り返され、
ゆったりとした迫力のかけらもないピンアクションの果て、全てのピンが倒れた。
感動のあまり、若菜ちゃんも倒れた。
結果、若菜ちゃん奇跡のストライク奇跡のターキー奇跡の大逆転。
光、太陽、美月、ライム。昼飯おごり決定。
こうしてボーリング大会は幕を下ろした。