サンタの秘密はユメのナカ?






 ったく…姉弟だってのに、こいつら年に数回しか会わないからなぁ…。
 毎回七瀬は緊張して、俺に後押しされてNANAに会う。
 複雑な事情があるとはいえ、姉弟なんだから遠慮なんかする必要ないと思うんだけどな。
 俺と姉貴の間に遠慮なんて言葉存在しないし。
 …主従関係は存在するけど。
 美月も峰央に対しては遠慮なんてまったくしない。
 …峰央は美月を恐れて遠慮するけど。
「あ、あの…」
 七瀬は何か言いたげに口を開いた。
 俺もNANAも言葉の続きを待ったが、七瀬はそれっきり黙り込んでしまう。
 ったく。
「七瀬。何が言いたいんだ?」
「あの…その…」
 七瀬はちょっと困ってるみたいだ。
 俺の訊き方も少し強引かなと思ったけど、七瀬にはこれくらいが丁度いいかもしれない。
「なーに恥ずかしがってんだよ。言わないなら、もうNANAに会う協力してやらないぞ」
「ええっ!? そ、そんな…」
「嫌なら言え」
 意地悪く後押ししてやると、七瀬はモゴモゴと口を動かした。
「ボクからの…その、クリ…」
「くり?」
「く、クリスマス…プレゼント…なんだけど。その、気に入って…もらえたかな…?」
 顔を真っ赤にしながら、七瀬は吐き出すように言った。
「クリスマスプレゼント? 七瀬からの?」
 けれどNANAは、七瀬からのプレゼントが何なのか解ってないみたいだ。
 まあ七瀬からのクリスマスプレゼントは『物』じゃないから、言われないと解らないかもな。
「NAーNA。このホテルに招待してくれたのは、七瀬なんだよ」
「え、そうなの?」
「ああ。それとNANAはまだ解ってないみたいだけど、七瀬からのクリスマスプレゼントは…」
 俺は、NANAの後ろを指差した。
「ホテルの最上階から見える絶景…それが、七瀬からのプレゼントだ」
 NANAは窓へと向き直り、もう一度美しい夜景を見つめた。
「そう…これが、七瀬からのクリスマスプレゼントなのね」
「正確には、その…姉さんと慎吾さんの2人へのプレゼントなんだ。2人きりで夜景を見せて上げたくて…」
 ああ、そういえば俺へのプレゼントもかねてたんだよな。
 まあもう少し部屋に来るのが遅かったなら、本当に最高だったんだけど…。
 NANAは胸の上に手を重ね、顔をほころばせてゆっくりと振り返った。
「七瀬…ありがとう。慎吾君と、こんなにも素敵なイブを過ごせて…本当に嬉しい」
「…よかった、姉さんが喜んでくれて」
 そっくりな顔の2人は、やっぱり笑顔もそっくりで…。
 俺は2つの笑顔を見つめながら、自分自身も嬉しくてたまらなくなり…いつしか微笑んでいた。






 NANAは悔やんでいた。
「まさか七瀬がこんな素敵なプレゼントを用意してくれていただなんて…」
 そう言って、自分も七瀬にプレゼントを贈りたかったと憂いでいた。
 七瀬はその気持ちだけで十分だと応えたが、NANAは納得がいかないらしい。
 なんて素晴らしい姉弟なんだ。うちとは大違いだな。
 それから俺達は3人で雑談を交わしていた。
 話の内容は、たわいない事ばかり。
 学校や私生活、友達の事。それと、セーターの事…。
 けど家族の話題だけは、出てこなかった。
 意識しての事か、それとも無意識にか、七瀬は家族に関する話を避けていた。
 そんな七瀬の思いが通じたのか、NANAも家族の事は口にしない。
 それだけが、かわいそうだと思った。
「もうこんな時間…」
 NANAの呟きで、俺達はすでにイブが終わっている事に気付いた。
「すっかり話し込んじまったな。明日の事もあるし、もう寝ようぜ」
 明日…正確には今日だけど、七瀬は神崎家へ帰らなければならない。
 といっても七瀬が帰るのは神崎家本家ではなく、別宅だ。
 NANAは冬休みの間、温子さんと別宅で暮らす。七瀬はしばらくの間、そこにお泊りする予定だ。
 七瀬も温子さんも、NANAを本家へ近づけたくないと思っている。もちろん、俺も。
 まあホテルを出るのは昼前だから、早寝する必要はない。けど、俺としては早目に眠ってもらいたい。
 ちなみにホテルを出たら、俺も一緒に別宅へ向かう。
 2〜3日泊まって、NANAと一緒にいてやるつもりだ。
 本当は冬休み中泊まっていてもいいんだけど…それが出来ない訳がある。というか、帰りたくない訳がある。
 …家に帰って年末恒例の大掃除を手伝わなければ、姉貴に殺される。
 そして男手として美月の家にも駆り出されるのだ。
「それじゃあボク、そろそろ部屋に戻るよ」
 七瀬はソファーからゆっくりと立ち上がった。
 …さてと。
「七瀬、今日はすっごく楽しかったよ。素敵なプレゼントをありがとう」
「そんな、あれくらいの事で…」
「こんな素敵なクリスマスは初めだよ。ねえ、慎吾君もそう思うでしょ…って、どうしてボクの荷物を片付けてるんだい?」
 NANAと七瀬は首をかしげながら、整理をすませたNANAの鞄を持つ俺を見つめてくる。
「どうしてって、七瀬は自分の部屋に戻るんだろ?」
「う、うん。隣の1225号室に…」
「戻るのは七瀬なのだから、私の鞄は関係ないんじゃ…」
「何言ってんだ、NANAも隣の部屋に行くんだよ。今日は七瀬と一緒の部屋で寝るんだ」
 一瞬の沈黙の後、NANAと七瀬は互いの顔を見合わせ、もう一度俺の顔を見て、
「え? あの、どうして?」
 と口を揃えて言った。
「たまにはいいだろ? 俺とNANAはいつも寮で一緒だし…姉弟水入らずっていうのも悪くないぜ」
 2人の頬が朱に染まり、嬉しさと照れの入り混じった微笑みを浮かべた。
 姉弟水入らずなんていう当たり前の事が、この2人の瞳にどれだけ魅力的に映るだろうか?
 俺個人にとっては、姉弟水入らずだなんてハッキリ言ってどうでもいいんだけどな。
 そういえば、ライムは兄貴がいるって言ってたな。
 ライムも今頃、兄妹仲良くクリスマスを過ごしているのだろうか?
「照れない照れない。ほら、明日に備えてとっとと寝る」
 俺はNANAに鞄を無理矢理受け渡すと、2人の背中を押し、問答無用で部屋から追い出した。
「し、慎吾さん待って下さいっ! まだ心の準備が…っ!」
「いきなり姉弟水入らずって言われても、私…っ!」
 そして俺は七瀬のポケットから無断でカードキーを拝借し、1225号室のドアを開けて中に2人を押し込む。
「夜更かしする悪い子にはサンタさんが来ないぞ。じゃあまた明日な、おやすみ〜」
 笑顔でドアを閉めて、俺はしばらくその場から中の様子を探った。
 話し声は聞こえない。2人とも黙りこくってしまったようだ。
 けれど部屋から出てこようとはしない…作戦成功かな?
 さて、俺も部屋に戻るとするか、出来れば早目に眠っておきたい。
 けどそれは、朝早く起きるためじゃない。





≫NEXT→