おめでとう×2
それは内気な彼女にとって、その誘いは生まれて初めてのものだった。
内気な彼女は、親友の強引な説得により、それに参加する事になった。
内心、それを喜んでもいた。
内心、親友はその日が何の日か覚えていないのではと思った。
それはそれで寂しかったけれど、すぐどうでもよくなってしまった。
なぜなら…。
親友には幼馴染みがいる。
その幼馴染みも、一緒に来るとの事だ。
内気な彼女は、親友の幼馴染みに恋をしていた。
『おめでとう×2』
心臓が早鐘のように脈打っている。
期待と不安で、胸が押し潰されてしまいそう。
寒さと緊張で顔が真っ赤に染まっている。
それでも、若菜は待ち合わせ場所でじっと待っていた。
鷹宰学園から少し離れた所に位置する、とある神社の入口で。
初詣に訪れた大勢の人々が、神社へと入っていく。
(美月ちゃん、まだかなぁ……)
待ち合わせの時間は午前10時。
今の時間は午前10時。
……………………。
………………。
…………。
待ち人はまだ来ない。
もしかしたら――。
若菜の脳裏に、いくつもの不吉な考えがよぎる。
もしかしたら何かトラブルがあったのかもしれない。
もしかしたら車にはねられ救急車で運ばれているのかもしれない。
もしかしたら急に胸が苦しくなって救急車で運ばれているのかもしれない。
もしかしたら雑煮の餅を喉に詰まらせて救急車で運ばれているのかもしれない。
もしかしたら…。
「遅くなってゴメーンっ!」
聞き覚えのある声に振り返ると、若菜のぼやけた視界に人影が現れた。
自分の瞳に涙が浮かんでいると気づき、慌てて手の甲で目元を拭う。
若菜の待っていた人は、約束の人物を連れてやって来た。
「美月ちゃん…無事でよかった」
「…は?」
さっきまで若菜が何を考えていたか解るはずもない彼女の親友、佐伯美月が首をかしげたのは当然の反応だろう。
美月はセーターにジャンバー、ジーンズと、ずいぶん飾り気のない格好をしていた。
見栄えより実用性を重視した、彼女らしい服装だ。
そして美月の後から、2人の男の子が姿を現す。
「あけましておめでと〜。久し振りだね、元気だった?」
「樋口さん、あけましておめでとうっ!」
1人は長い前髪を気にもとめず、美月と同じように動きやすそうな服装の男の子。
美月の幼馴染みであり、若菜が密かに想いを寄せる男性…橘慎吾だ。
そしてもう1人の、元気いっぱいに挨拶をしてきた男の子。
まるで女の子のような可愛い顔で、長い髪を三つ編みにし、落ち着いた薄紫の着物の美少年。
橘慎吾のルームメイトであり親友の、神崎七瀬。慎吾にはNANAと呼ばれている。
「わ〜。樋口さん、その着物すっごく可愛いね」
「確かに大和撫子って感じがしていいなぁ…どっかの誰かさんとは大違い」
「ちょっと、どっかの誰かさんって誰の事よっ? でも若菜、本当によく似合ってるわよ」
3人に褒めらると、若菜は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
そして自分の姿を、もう1度確認する。
桜色の生地に百合の花をあしらった、清楚で可憐な振袖だ。
「本当にステキ…ボクもそういうのを着てみたかったな」
NANAの何気ない言葉に若菜は顔を上げた。
この着物を着る? 男の子の神崎君が?
「な、NANA。何言ってんだよ。若菜ちゃんが着てるのは女物の着物なんだから…NANAが着たらおかしいって」
若菜は想像してみる。
自分の振袖を着たNANAの姿を。
可愛かった。
本物の女の子が着るより可愛らしかった、愛らしかった。
すごくキレイで、可憐で、清楚で、大和撫子で。
自分よりずっとよく似合うだろうと若菜は思った。いや、確信した。
相手は男の子だというのに。
「ホントごめんね、寒かったでしょ? もっと早く来る事も出来たんだけど…その、こいつがさ」
美月が眉根を寄せて視線を送った先には、気まずそうな表情を浮かべる慎吾。
「いや、その…今日初詣に行くってメールしたら…NANAも来たいって言い出して」
「それでボクが来るのを待ってたせいで遅くなっちゃったんだ。樋口さん、本当にごめんなさい」
ペコリと頭を下げるNANAを見て、慎吾も頭を下げて謝罪する。
「あ、あの、いいです。その…気にしないでください。私…平気ですから」
2人が頭を上げたのを見て、若菜はホッと白い息を吐いた。
けれど美月の眉間にまだしわが寄っている事に気づく。
「…美月ちゃん?」
親友は若菜の耳元に顔を近づけ、そっと囁いた。
「本当にゴメン。慎吾だけ連れてくるつもりだったんだけど…神崎君まで来ちゃって」
「でも、彼のお友達なんだし…。それに実は、私も…」
「…若菜、本っ当にゴメン…」
若菜は、なぜ美月がそこまで謝るのか解らなかった。
確かに自分は男の子が苦手で、密かに想いを寄せる慎吾だけじゃなく、
その友達のNANAまで来てしまったのは誤算だったといえる。
けれど彼は顔立ちが女の子みたいだし、それほど苦手意識は持っていない。