ブラザー・パニック!






「そんなのは決まっているだろう。お兄ちゃんのお嫁さんだ」
「はぁっ!?」
 恍惚とした表情で、マークは宙を見ながら語りだした。
「あれはまだライムが幼稚園に通っていた頃。幼稚園の保母さんが将来の夢を訊いたのが始まりやった。
 ライムは元気いっぱいにこう答えたんや…『うちはお兄ちゃんのお嫁さんになるっ!』ってな。
 その話を聞いた時はお兄ちゃん嬉しゅうて嬉しゅうて涙が出たわ。
 俺もおっきくなったら絶対ライムと結婚して幸せにしたろう思た。
 そやけど俺達は兄妹や。どんなに愛しおうとうても結婚は出来ん。
 それを理解した時、俺は決心したんや。俺はお兄ちゃんとして、ライムを一生守ったると…。
 ライムも大きくなって、兄妹じゃ結婚出来んと理解して…そして、ハリウッドスターを夢見るようになったんや。
 これはもう兄として応援するしかないやろ? 俺はライムの夢のためなら何でもしてやった。
 効率の良いエクササイズの方法調べたり、発声練習につき合うたり。
 将来ライムがハリウッドスターになった時のために、色々な衣装も考えてある。
 ライムの映画出演が決まったら、ライムの衣装はみーんな俺が作ってやるんや」
 マーク・リーガン。関西弁独演会モード突入。
「そしてライムの美貌が全世界の人間を虜にするんや。
 俺がデザインした衣装を完璧に着こなすライムの美しさといったら、間違いなく世界一っ!
 そんなライムが…何でお前のような奴に惚れとんのやっ!?」
「いや、そんな事言われても…」
「俺にはそれが解らん。NANA君は、ライムが男の子と信じていたとはいえ…まだ納得のいくもんがあった。
 NANA君は可愛いし、ライムの言うとおり純粋でええ子や。ライムの目に間違いはないからな」
「はぁ…」
「そやから君にも、ライムが惚れるだけの何かがあると思うとったのに…何やっ!?
 俺の出す質問…ひとっつも答えられへんやないかっ!? それでもホントにライムを愛しとるんかっ!?」
「愛してないって」
「ああ、もう。俺は情けないっ! お前みたいな奴が俺の弟になるんかと思うと…」
「いや、弟って…」
「とーにーかーく! テストはまだ終わってない。汚名返上出来るよう、気張って質問に答える事っ!」
「は、はぁ…」
 正直、もう帰りたい慎吾だった。

「では第四問っ! ライムの豊満バストは…」
「あ、92センチだろ?」
 今度こそ正解だ。そう確信して、慎吾とライムは頬を緩ませた。
 しかしマークは黙ったまま。
 正解だとも、ハズレだとも言わない。
「え〜と…お兄ちゃん?」
「………………」
「どうしたん? 今の…正解やないの?」
「………………」
 沈黙に怯えながら、NANAは慎吾にそっと耳打ちした。
「ねえねえ。もしかしてまだ問題の途中だったんじゃ?」
「ゲッ。だったら今の無し。今度は問題を最後まで聞いてから…」

「何で知っとるんや」

 絶対零度の声。
 聞くだけですべてを凍らせるような。
「えっとぉ…」
「お兄…ちゃん?」
「俺はライムの服を作るために、ライムの身長や肩幅、スリーサイズをみーんな暗記しとる。
 そやけど何で…お前がライムの胸の大きさを、そんな正確に知っとるんや」
 殺意を含んだ鋭い眼光が、慎吾の身体に突き刺さる。
「いや、えっとぉ…」
「まさかお前、ライムの胸を…」
 違う。と否定するよりも早く…。
「ええっ!? そ、そうなの慎吾君っ!?」
 そんな事信じたくないとでもいうような、NANAの悲痛な問いかけ。
「そ…そんな訳ねーだろっ! ライムが自分で胸のサイズを言ったんだよっ!!」
「つまりアレか? ライムに自分の胸の大きさを言わせるやなんて卑猥な事を…」
「そ、そうなのっ!? ひどいよ慎吾君…。私にはそんな事訊いてくれなかったのに…」
「ダァァァァァァッ! 違うっ! お前等、変な勘違いしてんじゃねーっ!!」
「よくも俺のライムに辱めをーっ!」
 マークはライムを手放し、慎吾に向かって肉薄した。
 慎吾は咄嗟に後ずさりをしたが、制服の襟首を掴まれグイッと引き寄せられる。
 眼前には、鬼の形相と化したマークの顔。
 血走った双眸が、ギラギラと光を放っているかのようにも見える。
 やられる。いや、殺られる。
 慎吾はそう確信した。
 マークは慎吾の顔面に拳を叩き込むために、もう一方の腕を振り上げた。
 その刹那、慎吾とマークの間に割ってはいる影。
 NANAだった。
 この人に手出しはさせない。
 そう語りかけるような、勇ましい眼差し。
 そしてマークは、NANAがただ者ではないと直感的に感じ取った。
 下手に手を出せば、逆にこっちがやられる――。
 次の一手を考えるための、一瞬の空白。
 そのかすかな時間の間に、マークに詰め寄るもう1つの影。
 振り上げた腕を、背後から何者かが掴む。
「お兄ちゃんっ! 誤解や誤解っ! うち等はまだそーゆー関係になってへんっ!」
「ら、ライム…」
 マークに正気を取り戻させたのは、愛しい妹の存在だった。
「そりゃうちかてこの人とそういう関係になりたいけど…」
「何やてーっ!?」
 マークに再び正気を失わせたのは、愛しい妹の存在だった。






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