秘密のParty Party FINAL





今回の小説は『秘密のParty Party』と冠されたものと物語が繋がっていますが、
それ以外の作品とは全然繋がってません。
ですからクリスマスSS等のように、NANAと七瀬は年に何度か会ってるだなんて設定はありません。








同じ日、同じ時、同じ場所で生まれたというのに
いや、そもそも生まれる前はずっと一緒だったというのに
果てしなく遠い過去から続く言い伝えによって
2人は
引き裂かれた






秘密のParty Party
――FINAL――







 それはどこまでも、果てしなく広がっていた。

「わぁ…」
 一目見た瞬間、その光景に私の心は鷲掴みにされてしまった。
 蒼く澄んだ空を、白い雲がゆっくりと流れる。
 そして真夏の太陽はいつもより輝きを増して、ジリジリと肌を焦がす。それがわずかにくすぐったくて、気持ちいい。
 陽射しは白い砂浜にも降り注ぎ、光が反射して大地を彩る。
 その砂浜に向かって真っ白な波が押し寄せ、また海へと帰っていく。
 ザザーッという音と共に白い飛沫が飛び散り、潮の匂いが拡散する。
 海はどこまでもどこまでも広がっていて、宝石が散りばめられたかのようにキラキラと輝いていた。
 遥か彼方で2つの青が重なり世界の果てを垣間見させる水平線に、私は吸い込まれそうな錯覚を覚えた。
「すごい…。これが、海なんだ…」
 潮風に髪とスカートをなびかせながら、私は呟いた。
「どうだ? 初めて見た海の感想は」
 すぐ横で、とても優しくあたたかい声がした。
 くるりと首を回して、私のかたわらで海を眺めている彼の横顔を見る。
 長い前髪の下、お日様の眩しさに眼を細める彼は、どこか不機嫌そう。
 けれど口元の微笑を見れば、そうでない事がはっきりと解る。
「どうって言われても…私、何て答えればいいのか解らないよ。だって、こんなにもステキなもの、初めて見たんだもの」
「まあ、無理に言葉にする必要はないさ。キレイなものはキレイだし、感動なんて心が勝手にしちまうもんだからな」
「うん…そうだねっ!」
 私は大きくうなずいて、彼の腕にしがみついた。
 彼は「くっつくと暑いぞ」と、嬉しそうに言う。だから、私は彼から離れない。
 そしてもう一度、青く美しい海を見た。
 私はこの風景を、そしてこの感動を、絶対忘れないだろう。
 絶対……。






 海へ行こうと言い出したのは、昨日の7月28日だった。
「うみ?」 
 最初、私は慎吾君の言った「海」が何なのか解らなかった。
「そ、海だ。明日はNANAの誕生日だろ? だから、俺と一緒に海へ行かないか?」
「うみって、えっと…」
「海は海だよ。水がいっぱいあって、水平線の向こうまで広がってる、あの海だ」
 そこでやっと彼の言葉を理解する。
 まだ私が離れで暮らしていた頃、ノートパソコンを通して見た海の写真。
 それはとてもキレイで、本当に絵本や夢の世界のものなんじゃないかって思えてしまったほど。
 しかもそこに、慎吾君と一緒に行くんだ。
 私のお誕生日に。
「い、行くっ! 私、君と海に行けるのねっ!? ああ、夢じゃないんだ。嬉しい!」
「ははは。NAーNA、嬉しいのは解るけどはしゃぎすぎだぞ」
「だってぇ、嬉しくて嬉しくて仕方ないんだもの!」
 それから私達は海へ行く準備を始めたのだけれど、それはあっという間に終わってしまった。
 荷物は2つのボストンバッグだけ。
 中身は数日分の着替えと、夏休みの宿題だけ。
 ちなみに今年は、まだ夏休みの宿題を終わらせてない。
 慎吾君と一緒にやっているから、私も慎吾君も終わらせた宿題の量はまったく一緒。
 そんな些細な事でも、私は嬉しかった。
 そして今は些細どころか、とってもとーっても嬉しい思いをしている。
 だって、慎吾君と一緒に海を見ているのだからっ!!






「…そろそろ、かな」
 昨日の事を思い出していると、慎吾君は何気ない口調で呟いた。
「そろそろ…って、何がだい?」
「ん…実は、迎えを頼んであるんだ」
「迎え?」
 海に心奪われずっと同じ方向を見つめていたのを思い出し、私は首を回して周囲を見た。
 鷹宰学園最寄の駅から、電車を乗り継いでやってきた駅。
 そこから改札を出てバスに乗って、そして海岸前のバス停で私達は降りた。
 海の反対側は飲食店やお土産屋さん。それに、旅館等があった。
「えっと、迎えって…これからどこかに行くの?」
「ああ。俺達が泊まる所に連れてってもらうんだ」
 慎吾君は海から視線をそらさずに言った。
 いや、彼が見ていたのは海ではなく砂浜…でたわむれる水着姿の女の子…?
「…慎吾君。何を、見ているんだい?」
「何って…アレだけど」
 いぶかしげに眉根を寄せながら、彼は水着の女の子を指差す。
 赤のビキニに身を包んだセクシーと美女。胸は私より大きくて、歩くたびに揺れていた。
「いいよなぁ…ああいうの」
 悪びれもなく、彼は驚愕の言葉を続ける。
 しかも口元には微笑が浮かんでおり、細められた目は感慨深げにじっと水着の女の子に向けられていた。
 やっぱり彼も、ライムちゃんや弥生先生やあの水着の女の子みたいに、お尻やおっぱいの大きい方がいいのだろうか?
 私の外見を可愛いと言ってくれているけれど、もし可愛くなかったら、彼は他の女の子の元へ走るのだろうか…?
 彼との絆に不安を感じ、私の心はついこの間通り過ぎた梅雨のように暗くジメジメしてきてしまう。
 目頭が熱くなり、もう一度彼の目を見る。さっきと同じ所を見ていた。
 そして私ももう一度、あのビキニの美女を見る。彼女はさっきの場所から数メートルほど移動していた。
 …あれ?
 またまた慎吾君の視線を確認すると、やっぱり動いてない。水着の美女のいなくなった場所を見つめていた。
 私はもう一度、今度は注意深く、彼の視線の先を見る。
 そこには、5歳くらいの小さな男の子と女の子。どちらも水着姿で、可愛い浮き輪を身に着けている。
 さっき水着の女の子が歩いていた場所だ。
「あ、ああ…なんだ。あの子供達の事を見ていたのね?」
「そうだけど…。NANA、何を見てると思ったんだ?」
 そこでやっと彼は私の方へと首をかたむけ、やっぱり眉根を寄せて訊いてきた。
 私の勘違いには気づいていないみたい。
「え〜と…その、アハハ。気にしないで」
「…?」
 そうだよね。私達は愛し合ってるんですもの。慎吾君が、他の女の子に気を取られちゃうなんて事はないよね?
 私は自分にそう言い聞かせて、うんうんとうなずいた。
 私が何を考えているか解らない慎吾君は、首をかしげながらもまた砂浜でたわむれる子供達へと視線を向けた。
 女の子の方が少し背が高いから、お姉さんかしら?
 何となく顔立ちも似ているし、あの2人は姉弟かもしれない。
 姉弟…。もしかしたら慎吾君は、自分の幼い頃を思い出しているのかもしれない。
 彼にはお姉さんがいたはずだから。
 いや、ただ単に子供の可愛らしい姿に心をなごませているだけかも。
 慎吾君、子供好きなのかな?
 あ、もしかしたら…将来私と結婚して子供が出来た時の事を考えてたりして…。
 ヤだ。そんな…えへへ。だって私達はまだ学生なのに…子供だなんて。
 けど彼との子供だったら…私、ものすごく可愛がっちゃうんだろうなぁ。
 やっぱり兄弟はいた方がいいかな? 男の子も女の子も欲しいし。
 彼に訊いてみようかな…。でも「将来何人子供が欲しい?」なんて、恥ずかしくて訊けないよぉ…。
 いっそ彼の方から訊いてきてくれないかなぁ?
「NANA」
 って声をかけて…。
「NAーNA」
 …って、本当に声をかけてきてくれた!?
「な、なぁにっ?」
「…何慌ててんだ?」
 それは照れくさい妄想をしていたからです。
「あ、あはは。何でもないよ」
「…そうか? それより、NANA」
「な、何だい?」
「迎えが来たぞ」
 背後からキィーっていう音が鳴って、彼の言葉に重なる。
 多分自動車が停まった音だろう。
 振り返ってみると、そこには真っ白な自動車が停まっていた。
 助手席の窓が開いて、運転席に座る人物がこちらへと首を向けた。
 運転席に座っていたのは…。
「ごめんなさい、待たせてしまったかしら?」
「いえ、海を見ていたんで退屈はしませんでしたよ。NANAにとっては初めての海ですし」
「そうでしたね。七海、海の感想はどうかしら?」
 と、懐かしい笑顔で微笑む女性。
 ずっと私を育ててくれた、大好きな人。
「あ、温子伯母さんっ…!? どうしてここに?」
「どうしてって…あなた達を迎えにきたのよ。だって、神崎家の別荘へ遊びに行くのですから」
 神崎家の、別荘。
「そ、そうだったの!?」
「そうだよ。言ってなかったっけ?」
 悪びれもしない慎吾君のとぼけた口調に、私は言い返す。
「き、聞いてないよぉ〜っ! 私はただ海に行こうって誘われただけで、どこに泊まるかとかも知らなかったし。
 それにまさか、温子伯母さんが迎えにくるだなんて…。私、ものすごく驚いちゃったじゃないっ!」
「悪ぃ悪ぃ。ちゃっかり言い忘れてたぜ」
 ちゃっかりって何?
 つまり彼はわざと言わなかったって事?
 私をビックリさせようと思って…。
「ひっどーい。私、慎吾君のせいでさっきから驚きっぱなしじゃないか」
「そりゃ驚かせようとしてたんだしな」
「七海があんまり可愛いから、ついね」
 うう…温子伯母さんまでグルになってぇ…。
「もうっ! 2人とも、私を驚かせるのがそんなに楽しいのっ!?」
 とても清々しい笑顔で、2人は口をそろえて言った。
「ああ、もちろん」
「ええ、もちろん」
 …温子伯母さん。慎吾君に感化されてない?






 セミさんの声が鳴り響く緑豊かな林を抜けると、開けた所に木造のコテージが建っていた。
 コテージの向こうは柵があって、その先は崖と海。
 温子伯母さんはコテージ脇に車を停めた。
 車を降りると、暑気がムワッと身体を包んだ。肌を刺す陽射しが心地いい。
「さあ、荷物を持って中に入りましょう」
 私達は温子伯母さんの指示に従って、トランクから荷物を出しコテージに向かう。
 荷物を持っている私達のために、温子伯母さんはドアを開けてくれた。
 …あれ? いつの間にドアの鍵を開けたのだろう。もしかして鍵を閉め忘れてたの?
 けれど慎吾君がその事に触れなかったので、多分私が見ていない間に鍵を開けたのだろうと解釈した。
「…ところで七海」
 玄関で靴を脱いでいる最中、温子伯母さんは思い出したように私の名を呼んだ。
「なぁに?」
「その服、着て来てくれたのね」
 そこでやっと、自分が着ている服をプレゼントしてくれた人の事を思い出した。
 この服を身に着けた時はその人に見てもらいたいなって思ったのに、
 いざその人が現れた時は…急だったせいか、その事をすっかり忘れてしまっていたのだ。
「えへへ〜。似合う?」
「ええ、とっても。よく似合ってるわ」
「だって、温子伯母さんが私のためにプレゼントしてくれた服だものっ!」
 靴を脱いだ私は、廊下に敷かれているカーペットの上でクルリと一回転した。
 真っ白なスカートがふわりと舞う。
 その仕草に、温子伯母さんは眼を細める。
 とても嬉しそうに…。けれど、どこか悲しそうに?
 ううん、気のせいだよね。だって、温子伯母さんからのプレゼントなんだもの。
 喜んでいてくれるよね?
 だから私は、温子伯母さんがもっと喜んでくれるよう、とびっきりの笑顔を向けた。
「温子伯母さんにこの服を着ているところを見せられて嬉しいなぁ。
 せっかく去年の誕生日にもらったっていうのに、温子伯母さんの前で着る機会なんて無かったもの」
「あなたは夏休み中、ずっと鷹宰学園に…慎吾さんの側にいたものね」
「慎吾君がこのワンピースで出かけようって言ってくれて、本当によかった」
「慎吾さんが…?」
「うんっ!」
 何故か温子伯母さんはとても驚いた表情で慎吾君を凝視した。
 慎吾君は小さくうなずいて、唇の端を少しだけ上げる。
 あ――もしかしたら、いや、きっとそうだ。
 慎吾君は、私がこの服を着た姿を温子伯母さんに見せて上げたかったんだ。
 だから今朝、絶対にこの服に着替えてから海に行こうって言ってたんだ。
 この――去年の誕生日に温子伯母さんからもらった、真っ白なワンピースを。
 この『プレゼントを贈ってくれた人』に見せるために…。
「…そうですか。重ね重ね、ありがとうございます」
「いえ、俺が好きでやってる事ですから」
 慎吾君の心遣いに感動したのか、温子伯母さんは心から感謝の言葉を口にした。
 ちょっと言い過ぎな気もするけれど…。
 でもいいよね。感謝する気持ちが大きいのって、ステキな事だもの。
「それじゃ…とりあえずリビングで一休みしましょう。冷たい麦茶を用意してあるから」
「はーい」
 カーペットから降りると、木製の廊下がひんやりとした。
 温子伯母さんの後をついていって、リビングに入る。
 冷房が効いていたのか、中は秋のように涼しかった。
 リビングの端にはキッチンがある。
 麦茶を用意…って言っていたから、てっきり温子伯母さんは冷蔵庫に向かうんだろうと思ってたけれど、
 そのままリビング中央のテーブルへ向かっていった。
 ガラスの引き戸から射し込む光の中、テーブルの上に、すでに4つの麦茶が置かれていた。
 そして、すでに席についている人物が1人。
 誰?
「七瀬、お待たせ」
 その答えは、私の後ろにいた慎吾君が教えてくれた。
 七瀬と呼ばれた少年は椅子から立ち上がると、ペコリと頭を下げる。
「はじめ…まして。神崎七瀬です」
 彼の怯えた仔犬のような眼差しが、私に向けられた。






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