秘密のParty Party FINAL






 洗面所やお風呂で顔を洗うように。
 そう言って彼は、まず私達に海水で顔を洗わせる事から始めた。
 海面の水を両手ですくって、顔にかけて、ゴシゴシと洗う。
 けれどやっぱり恐くて洗面所で洗う時よりもきつく眼と口を閉じていたけれど、私も七瀬も意外とすぐに慣れてしまった。
 ただちょっぴり口の中がしょっぱいけれど。
 
 次は海面に顔をつける練習。
 最初は鼻をつまみながらやってもいいって言ってくれたけれど、そうすると何だか変な顔になっちゃいそうで…。
 大好きな慎吾君の前で変な顔になりたくないから、私は鼻をつままずに水に顔をつける事にした。
 七瀬は鼻をつまんでいたけれど。
 無事水の中に顔をつける事が出来たけれど、5〜10秒くらいで息が続かなくなってしまう。
 どうしてこんなに早く息が切れてしまうんだろうと疑問に思っていると、慎吾君はアドバイスをしてくれた。
「2人とも。息を止める時、力一杯止めてないか? それじゃあ水に顔をつけてなくてもすぐ苦しくなっちまうだろ?
 軽〜く息を止めればいいんだ。そうすれば長い間息が続くはずだからな。
 水に顔をつけなくてもいいから、試しに軽く息を止めてみな」
 慎吾君って、本当にすごいと思った。
 彼に言われた通り、息を力一杯止めるのと軽く止めるのを両方試してみたけれど、後者の方がずっと楽なんだもの。
 私も七瀬も感動して、夢中になって息を止める練習をした。
「水の中で眼を開けるのにもチャレンジしてみるか?」
 という彼の誘いは断ったけど。

 今度はバタ足の練習。
 片方は慎吾君に手をつないでもらって、片方は浮き輪に掴まって練習する事になった。
 もちろん私は慎吾君に手をつないでもらとうと思い、さっそく彼にお願いしようとしたんだけど…。
「あ、あの…。出来ればボク、慎吾さんに手をつないでもらいたいんだけど。…その、浮き輪だと、恐くて…」
「別にいいけど。NANAは浮き輪で平気か?」
 と、七瀬に先手を打たれてしまった。
 予想外の展開に、私はどう答えていいか悩んでしまう。
 慎吾君に手をつないでもらった方が安心出来るっていう気持ちはよく解るけど、それは私も同じなんだから。
 私も浮き輪じゃ恐いから、慎吾君に手をつないで欲しい。そう正直に言おうとも思ったのだけれど…。
「あっ、もしかしてNANAも浮き輪じゃ恐いのか?」
「えっ?」
「まあ気持ちは解らなくもないけど…NANAって結構恐がりなんだな」
 ピクリ、と私の中の何かが、彼の言葉に反応する。
「水に慣れたからもう平気だと思ってたけど。そういや美月の奴と初めて海に行った時は…」
 カチン、と私の中の何かが、さらに佐伯さんの名前に反応する。
「あいつ、俺より早く浮き輪を卒業して泳げるようになったんだよなぁ。美月にだけは優しく教えるんだもんなぁ、姉貴は。
 けど美月はあまり水を恐がったりしなくて、すげぇなって思ったよ。まあNANAは自分のペースでゆっくりと…」
「わたっ…私、浮き輪でも平気だよっ!? 水だってもう慣れちゃったし、佐伯さんより早く泳げるようになってやるんだからっ!」
「おっ、頼もしい事言うなぁ。それじゃNANAは浮き輪でバタ足な。ちゃんと足がつく所でやるんだぞ?」
「それくらい解ってるよーだ」
 佐伯さんへのライバル心が燃え上がり、私は単身バタ足に挑む事となった。
 その隣で七瀬は慎吾君と手を取り合って、仲睦まじく練習している。
 ううっ…羨ましくなんかないもんっ!
 佐伯さんや七瀬よりずっと早く泳げるようになって、慎吾君をビックリさせてやるぅっ!
「七瀬。もう少し膝を伸ばして、あとそんな大きくバタつかせなくてもいいぞ」
「う、うん」
「よしよし、その調子だ。七瀬は飲み込みが早いなぁ」
 …………羨ましくなんか、ないもん。






 バタ足の他に平泳ぎの練習をしばらくすると、泳ぎの練習は新たなステップへと突入する。
 砂浜に上がった私と七瀬は、慎吾君の前で整列した。
「そろそろ1人で泳いでみるか」
 今までの練習のおかげか、1人で泳ぐ事に対する恐怖は今までの半分くらいしかなかった。
 むしろ1人で泳いでみるのが楽しみでもある。
 けれど七瀬は、まだ恐怖の方が大きいみたい。
 何となく優越感を感じて嬉しい反面、七瀬が心配でもあった。
「あ、あの…慎吾さん。本当に、その…」
「なーなせ。恐いのは解るけど、1人で泳げるようになりたくないのか?」
「そりゃ…泳げるようになりたいけど、でも…」
 慎吾君は腰に手を当て、困った顔をして七瀬を見つめた。
 大丈夫だよ。
 そう言って七瀬を励まして上げたいけれど…でも、弟に声をかける勇気は私には無かった。
 どうして声をかけられないのか…私にもよく解らない。
 さっきまでは七瀬に嫌われていたらどうしようって恐かったけれど、今は…別の何かが恐い。
「…ところで、NANAは大丈夫か?」
「え? 私? 私は…恐い気持ちもあるけれど大丈夫だよ。ちょっぴり楽しみだし」
 彼に大丈夫なんだって安心させたくて、私は胸を張って答えた。
 慎吾君はうんうんと大きくうなずいて、私の肩にそっと手を乗せる。
 海に浸かっていた彼の手はちょっぴり冷たかったけれど、私は胸の奥が熱くなるのを感じた。
「そっか。NANAは立派だなぁ」
「そ、そうかい? えへへ…」
「まあ七瀬まだしばらく浮き輪とか使って練習するか。ちょっと情けないけど、自分のペースでやるのも大事だし」
 彼の言葉に、七瀬は肩を落として落ち込んでしまう。
 慰めるべきか、私は一瞬迷った。
 慎吾君は言葉を続ける。
「いやぁ、それにしてもNANAは勇気があるなぁ。七瀬も早くバタ足を卒業して、男らしいところを見せないと…な?」
 彼に褒められるのは嬉しいけれど、七瀬の事をそんな風に言わなくても…。
 もう少し優しく、大丈夫だよ…って。いつも私に言ってくれてるように。
 ホラ。七瀬がうつむいたまま、肩を震わせてるよぉ…。
「………………ます…」
「ん? 今何か言ったか?」
 かすれるような声で何事かを呟いた七瀬に、慎吾君はわざとらしく耳に手を当てて聞き返す。
 彼にちゃんと聞こえるよう、七瀬は大きな声で言った
「やりますっ! ボクも1人で泳いでみせますっ!!」
「おお、さすがは七瀬。偉い偉い」
 嬉しそうな…というか、してやったりといった笑みを浮かべた慎吾君は、興奮してプルプルと震える七瀬の頭を撫でた。
「よーし。じゃあ2人とも、どっちが早く泳げるようになるか競争でもするか?」
「ええっ!?」
「競争っ!?」
「あれぇ? NANA、勝つ自信が無いのか?」
「そっ、そんな事ないよ!」
「七瀬は、男らしいところを見せたくないのか?」
「そっ、それは…見せたい、けれど…」
「よし、2人ともやる気になったみたいだな。それじゃ、練習開始〜」
 こうして…私も七瀬も慎吾君に上手く誘導されながら海の中へと入って行った。






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