桜色の空の下で






「ここ、空いてるか?」
 翌日、昼休みの食堂。
 窓際の席でラーメンを食べていると、慎吾はうどんを持ってやって来た。
 その隣には、サンドイッチを持った須藤さん。
「空いてるわよ」
 あたしは素っ気なく答える。
 慎吾はあたしの向かいの席に、須藤さんは慎吾の隣に座った。
「おっ、ラーメン美味そうだな」
「上げないわよ」
「そういうつもりで言ったんじゃないって」
 苦笑を浮かべながら、慎吾は割り箸を割った。
「いっただきまーす」
 何気なくうどんの具を見てみると、ホウレン草や鶏肉、カマボコなどが入っていた。
「それ何?」
「おかめうどん」
「へー、美味しそうね」
「やらねーぞ」
「そういうつもりで言ったんじゃないわよ」
 あたしはズズズッと音を立てて麺を吸い込んだ。
 慎吾もうどんを食べ始める。
「そういえば……」
 サンドイッチを片手に、須藤さんは慎吾のうどんを覗き込んだ。
「あなた、うどんを注文する時はいつもおかめうどんね。好きなの?」
「いや、別に好きって訳じゃないけど……なんか、懐かしくてな」
「懐かしい……?」
 須藤さんは視線だけあたしに向け、少しだけ目を細めた。
 あたしに心当たりがあると思ってるのかな? あいにく記憶に無いけど。
「ねえ慎吾。おかめうどんを懐かしむような事って、何かあったっけ?」
「んっ……。昔、俺のダチが食ってた」
「あっそ」
「ワカメじゃなくてホウレン草、亀の肉じゃなく鶏肉……。ああ、おかめうどんだなぁ……」
「はぁっ?」
 何訳の解んない事言ってんのよ? とあたしは心の中でツッコミを入れた。
 それに、ダチって誰だろ? 伊集院君……はうどんってイメージじゃないし、川崎君とか?
 でも懐かしいとか言ってるし過去形っぽい……。ま、別にどうでもいいけど。
 あたしは麺とメンマの両方を箸で掴んで、パクリと口に入れた。
「なあ美月。もしかして機嫌悪いのか?」
「少しね」
 わざと口をへの字にして、あたしは慎吾を睨みつける。
「俺、何かしたっけ?」
「……いきなり大学辞めて探偵になるだなんて、幼馴染みのあたしに一言くらいあったっていいじゃないっ」
「悪ぃ。でも前から考えてた事だから……就職決まってからでもいいかなーって思ってさ」
 まったくこいつは……。決まってからじゃ遅いっつーの。
 しかも前から考えてた?
 だったらその時に相談してくれたっていいじゃない。一生に関わる事なのに……。
「……なあ、美月」
 麺を箸で掴む。
「何よ?」
「俺さ、卒業式の答辞考えたんだけど……」
 口に運ぶ。
「ふーん」
「放課後、体育館で練習しようと思ってるんだ」
 ズズズッと吸い込む。
「がんばってね」
「美月、つき合ってくれないか?」
 ゴフッと喉につまらせかける。 
 慌てて水を飲もうとしたけど、あたしのコップは空。
 慎吾は咄嗟に自分の水を差し出し、あたしはそれを掴んでゴクゴクと飲み干した。
「…………プハッ」
「大丈夫か?」
「な、なんとか……」
 あたしはぜえぜえと背中で息をしながら、胸を撫で下ろす。
 あー、苦しかった。
 それにしても慎吾の奴、いきなり何を言い出すのよっ!?
 つ……つき合ってくれって、そんな……。
「で、どうだ? つき合ってくれるか?」
「えっ……と、その……あ、あたしは……」
「なぁ、いいだろ? 中学の時は俺もつき合ってやったじゃないか」
 ……………………へ?
 あ、なんだ。そういう事か。
 答辞を読む練習につき合ってくれって事ね。
 あたしも中学の卒業式で答辞を読む練習、慎吾につき合ってもらったんだっけ。
 それによくよく考えてみれば、話の流れからしてもそれ以外の意味なんて無いじゃない。
 なに変な勘違いしてるのよ、あたしはっ。
「まあ、いいけど……」
「ホントか? 助かるよ」
 何だか妙に疲れて、あたしは肩を落とした。
 あたしと違って慎吾は元気いっぱいって感じで笑っていて、その隣で須藤さんが寂しそうにうつむいていた。
 …………須藤さん、気分でも悪いのかな?






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