桜色の空の下で






「ここ、空いてるかしら?」
 帰宅後、夕食時の食堂。
 窓際の席であたしがご飯を食べていると、須藤さんがやって来た。
 席はもちろん空いている。あたしは快く承諾し、須藤さんは向かいの席に座った。
 黙々と食事を始める須藤さん。あたしも特に話す事もないので、食事を再開する。
 夕食の半分くらいを片付けた頃。
「あなたは……」
「ん?」
「あなたは、橘君が大学進学を辞めてまで探偵会社への就職を選んだ事……どう思っているの?」
「どう……って言われても、あまりに突然だったから……ちょっと混乱してて」
「そう。あなたは、混乱しているのね」
 淡々と食事を進めながら、須藤さんは冷たい口調で言った。
 彼女が若菜と仲良くなってから、特に鷹宰祭で一緒に悪巧みをした時から、
 須藤さんがあたしに対してこんな口調で話す事なんてなかったっていうのに。
「あの……須藤さん。もしかして機嫌悪い?」
「別に」
 ううっ……やっぱり機嫌悪いみたい。
 あたし、何かしたっけ?
「え〜と……須藤さんはどう思ってるの?」
「驚きはしたけれど、彼が真剣に考えて選んだ道ですもの。口を挟むつもりは無いわ」
「そ、そりゃ……あいつなりに真剣に考えての事だろうけど、でもさ……」
「あなたは、彼の事を信頼してないの?」
 ゾクリと背筋が冷たくなり、あたしは箸を止めた。
 須藤さんのあたしを見つめる……いや睨む瞳には、あきらかな敵意。
 けどそれはあたしの事を嫌っているとか、憎んでいるとか、そんなんじゃない……。
 どうして、そんな目で見るの?
「し、信頼……って言われても。あの、あいつ……昔っからいい加減なトコとかあるし、その……」
「あなたは彼の事を、どれだけ解っているの?」
「どれだけ……って」
 慎吾の事……あたしはどれだけ知っている? 慎吾の好きな食べ物、好きな本、好きなテレビ、好きな事。
 あいつが今までどんな風に生きてきたのか。
 あいつが喜んだ事、悲しんだ事。
 幼稚園での思い出。小学校での思い出。中学校での思い出。
 あいつとした幼い約束……。
 知ってる。あたしは慎吾の事、たくさん知ってる。
 けど……今の慎吾は、何を考えているのか解らない。
 解らない……。
「私も彼の事は解らない事だらけ。でも私は、いつもあの人を見つめていた。あの人を知ろうとしていた。
 彼はいつもふざけているように見えるけど、本当はとても真面目な人。
 他愛もない事でよく笑って、楽しそうで、不器用な優しさを持っている人。
 けれど時々、ふとしたきっかけで見せる、寂しそうで……不安げな彼の瞳。
 私はそんな橘君の力になりたいと思ってる。あの人は私にとって大切な……」
 目を伏せ、言葉の続きを口にするのを一瞬戸惑ってから……彼女はまたあたしを見た。
 今度は怯えたような瞳で。
「大切な……友達ですもの」
 ホントにそう思ってるの?
 あたしは反射的にそう思った。須藤さんの目が、自分自身の言葉を否定しているように見えたから。
「あの……結局、何が言いたいの?」
「……私、何が言いたいのかしらね。自分でもよく解らないわ」
 コトリと箸を置くと、空になったお皿の乗ったトレイを持って、須藤さんは立ち上がった。
「ごちそうさま」
 まるでそれ以上話す事など無いとでもいうように、スタスタと立ち去ってしまった。
「もうっ……、いったいなんなのよ……」
 あたしはテーブルに頬杖をついて、深いため息を吐いた。
 卒業間近だっていうのに、須藤さんとは険悪になっちゃうし……。
 慎吾はせっかくの有名大学合格を蹴って、探偵会社に就職とかいって親から勘当されちゃうし……。
 あ〜、もうっ。なんか疲れちゃったな、今日は早く寝よっと。






進む