桜色の空の下で






 教室へ続く廊下の途中。
 それは本当に偶然だった。
 風が吹いて木々が揺れて音が鳴って、あたしは窓の外へ視線を向けて、そこに慎吾の姿。
 歩いてる方向からして裏庭に向かってるみたいだけど……なにしてんだろ?
 あたしは興味を持って、玄関へと走った。
 靴を履き替え、外に出て、裏庭へ向かう。
 ふと空を見上げれば、一面桜色。
 鷹宰学園を囲む、桜の木々。
 鷹宰学園に舞う、桜の花びら。
 ……前にも、こんな事があったような気がする。
 ああ、そうか。中学校の卒業式の日。
 あたし、クラスの子にからかわれて……慎吾と喧嘩しちゃって、教室を飛び出したんだっけ。
 そして桜の下、あたしは泣いた。
 あの時は雨が降ってたけど……今日は晴天、卒業式にはもってこいね。
 まさに旅立ちの日って感じ。

「ゴメン、待った?」

 あいつの声が聞こえた。
 角を曲がった先に、見慣れた幼馴染みの後ろ姿。
 もう一人誰かいるみたいだけど、ここからじゃよく解らない。
 慎吾達から少し離れた所に桜の木があり、あたしはさっと木の裏に回り込む。
 そして木陰から、慎吾ともう一人の姿を確認する。
 そこにいたのは……。

「私も、今来たところ……だから」

 流れる黒髪、濡れたように輝く瞳。雪のように白い肌に、桜色の唇。
 舞い散る桜に包まれた姿は、美しいの一言に尽きる。
 須藤澪。
 あたしの友達。若菜の友達。そして、慎吾の……。
「俺に話って何? こんなところに呼び出すなんて……他の奴に聞かれたらマズイ事とか?」
「え、ええ……」
 目を細めて、須藤さんは弱々しくうつむいた。
「……もしかして、また両親と?」
「ううん、そうじゃないの。両親とは……決して上手くいってるとまでは言えないけれど、私の考えは理解してくれたわ。
 それに大学に合格した事を知らせた時、おめでとうって言ってくれたもの……」
「……そっか。よかったな澪ちゃん。これで獣医になるって夢が叶うんだな」
「まだ獣医になれると決まった訳じゃないわ」
 慎吾は須藤さんの両肩に手をそっと置いて、優しく微笑みかけた。
 須藤さんの頬が、桜色に染まる。
「澪ちゃんなら絶対になれるって。もっと自信を持てよ」
「あ、ありがとう……」
 慎吾の奴、あんなにカッコよかったっけ?
 いつの間にかずいぶんと男らしく、大人っぽくなった気がする……。
 須藤さんも照れちゃって……まるで恋する乙女みたい。
 ……恋する乙女。
 まさか、ねぇ……。慎吾とつき合ってるか訊いてみたけど、何度も否定されてるし。
「やっぱりよかった」
「……え?」
「あなたに会えて、本当によかった」

 氷の美女なんて嘘。
 とてもあたたかな、喜びがあふれ出ているような微笑み。

 須藤さん……本当にキレイ。
 どうしたら、そんな風に笑えるの?
 須藤さんはゆっくりと、一歩踏み出す。
 身体から力を抜いて、慎吾の胸にその身を寄せた。
 ドクン。
 自分の心臓の音が、ハッキリと聞こえた。
「れ、澪ちゃん……?」
 須藤さんの肩から慎吾の離なれた手が、行き先を探して宙をさまよう。
「……ねえ。私の心臓の音、あなたに伝わってる?」
 震える声の後、須藤さんは腕を慎吾の背中に回し、ギュッと抱き締めた。
 そして胸の鼓動が伝わるよう、自身の胸を押しつける。
「すごく、ドキドキしているでしょう?」
「れ、澪ちゃん……。どどどっ、どうしたんだよ急にっ?」
「ごめんなさい。でも、あなたの顔を見ながらだと……恐くて言えないかもしれないから」






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