桜色の空の下で






 慎吾の手が、宙で止まる。
 驚いた、けれどとても真剣な顔で須藤さんを見下ろした。
 あたしも固唾を飲んで二人を見守る。
 胸の奥がズシリと重くなる……。
「あなたみたいな人に会ったのは……初めてだったわ。自由実験のペアでしかなかったのに、友達として接してくれた。
 最初はなんて図々しい人なんだろうって思ったけど……、しだいにあなた一緒に実験する時間を待っている私がいた。
 いっぱい努力して、私もあなたの勉強につき合ったりして……いつの間にか、あなたに成績を追い抜かれちゃったり。
 人望もあって、生徒会長になって……この学園を変えてしまうだなんて、とてもすごい人。
 どんどん魅力的な人になっていくのを、私はずっと側で見ていたわ……」

 最初は震えていた声が、しだいに力強さを取り戻していく。

「あなたのおかげで……私は本当に自分が歩きたい道を選ぶ事が出来た。
 両親に用意された弁護士という道ではなく、自分が望んだ獣医という道を。
 言葉では語り尽くせないほど、私はあなたに感謝してる……」

 何かを決意したかのように、須藤さんは慎吾を抱き締める腕に力を込める。
 彼女の言葉の続きを予感して、あたしはなぜか胸が苦しくなった。
 桜の花びらが、須藤さんの肩に落ちる。



「私……橘君の事が好き。卒業しても、ずっと一緒にいたい……」



 あたたかな春風が桜の花を散らせた。 
 須藤さんの手は怯えた子供のように震え、よりいっそう力強く慎吾の服を握り締める。

「いつからこんなに好きになってしまったのか解らない。
 あなたを想うだけで胸が苦しくなるの。
 あなたが他の女の子から告白されるたび、不安でいてもたってもいられない。
 あなたとこうして同じ学校に通うのも今日で最後……。だから、最後に自分の気持ちを伝えようと決心したの。 
 これからもずっと一緒にいさせて欲しい……。大好きなあなたと、ずっと……」

 ああ、そうか。やっと解った。
 どうして須藤さんの機嫌が悪かったのか。
 あたしに嫉妬してたんだ。
 慎吾の幼馴染みのあたしに。答辞の練習につき合ったあたしに。あいつと親しげに話すあいつに……。

 慎吾の手が、須藤さんの肩をそっと掴む。






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