桜色の空の下で






 少しだけ微笑んだまま、須藤さんの表情が固まる。
「俺……好きな子がいるから」
 残酷な、けれど誠実な答え。
 ゆっくりとうつむいた須藤さんの瞳から、一筋の涙。
 頬を流れ、地面にぽつり、ぽつりと染みを作る。
「そう……なんだ。もしかしたら……って思ってた」
「……ゴメン」
「謝らないで。あなたは何も悪くないんだから……」
「……でも、ゴメンな」
 慎吾は指先でそっと須藤さんの涙を拭った。
 そんなあいつの表情は、今にも泣きそうなほど痛々しい。
「好きな子……って、やっぱり佐伯さん?」
 かすれた声で、須藤さんは訊いた。
 あたしは慎吾の答えに一瞬期待を寄せたけれど、すぐに首を横に振って否定した。
「違うよ……。美月とは、今までずっと幼馴染みだった。これからもずっと変わらない。
 あいつは……、大切な幼馴染みだ。これからもずっと」
 そっか。
 とたんに、あたしの胸は軽くなった。というよりむしろ、ポッカリ胸に穴が空いてしまったような喪失感。
 ヤだ。どうしてこんな気持ちになっちゃうの?
 あいつはあたしの事を大切な幼馴染みだって言ってくれた。
 あたしもあいつの事を大切な幼馴染みだって思ってる。
 だから、こんな気持ちになるなんておかしいんだ。
「……そう。てっきり佐伯さんだと思っていたから、つい冷たく当たっちゃったのに……。後で、謝らないと」
「美月なら許してくれるさ。幼馴染みの俺が言うんだ、間違いない」
「……ありがとう」
 残念、間違い。
 許す許さない以前に、あたしは須藤さんの態度を疑問に思っていただけだもの。
 別に怒っても嫌ってもいないんだから。須藤さんがどんな人か、あたしだってよく解ってるんだからね。
「だったら……あなたの好きな人って誰なの? その人のために学園を変えたんじゃないの?」
 慎吾は目を細めて、噛み締めるように答える。
「……ああ。俺が学園を変えたのは、そいつのためなんだ。
 こんな学園じゃなかったら、もっと違った結果になっていたかもしれないから。
 でも、今さら学園を変えたって……どうしようもないのにな。単なる自己満足だったのかもしれない。
 あいつのためだなんて本当は嘘で、俺自身のために変えたかったのかもしれない……」
「探偵になるっていうのも……」
「俺があいつの事をあきらめきれないから……あいつを追いかけたいから、俺は探偵になるんだ。
 もしかしたら迷惑かもしれないけど……あいつにだって、きっと何か理由があったんだと思うから……」
 あいつ? あいつって、誰よ?
 あんたの好きな子って、この学園の生徒なの?
 どうして、探偵にならないといけないの?
 あたしは須藤さんに、慎吾の事をもっと詮索して欲しいと思った。
 けれど……。
「そう。あなたにそんなにも想われているだなんて、その人はとても幸せ者ね」
「澪ちゃん……」
「さ、そろそろ教室に戻ったら? 卒業式……始まっちゃうわよ」
 須藤さんは、それ以上詮索する気はないみたいだった。
 慎吾の気持ちが解っただけで、十分なのだろうか?
「そうだな……。そろそろ、戻らないと……」
「先に行っててくれないかしら?」
「でも……」
「お願い。少しの間……一人にして」
「……解ったよ。待ってるから、また後でな」
 慎吾はポケットからハンカチを取り出し、須藤さんに渡すと、彼女に背を向けて歩き出した。
 あたしはあいつに見つからないよう、慌てて木陰にしゃがみ込む。
 足音が遠のき聞こえなくなった頃、今度は須藤さんの嗚咽が耳に届いてきた。
「うっ……ううっ……」
 本当に好きだったんだ。
 慎吾の事、あたしの幼馴染みの事を……本当に、心から……。
 羨ましいな。
 須藤さんも、若菜も、とってもステキな恋が出来て……。
 その相手が慎吾だった理由。今なら、なんとなく解るよ。
 あいつ、本当にいい奴だから……。
 っとと、あたしもそろそろ教室に戻らないと。
 ここで泣き声を盗み聞きしてるだなんて、須藤さんに悪いしね。
 音を立てないよう気をつけながら立ち上がり、抜き足差し足で歩いて、小枝を踏んづける。

 パキッ。






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