桜色の空の下で






「ヒッ……!」
 心臓が止まるくらいビックリして、思わず小さな悲鳴を上げてしまった。
 そして恐る恐る、須藤さんの方へと首を向ける。
 まるで首が錆びついてしまったかのように、ギギギ……と音が鳴るような感じで。
 濡れた瞳を見開いて、あたしを凝視する須藤さん。
「あっ……アハハッ。えっと、その……こんにちは〜……」
「…………こんにちは」
「……い、いいお天気ね。まさに卒業式日和ぃ〜!」
「…………そうね」
「……もしかして、怒ってる?」
「………………」
「ごめんなさいっ!!」
 あたしは膝や手が汚れる事もかまわず、その場に思いっ切り土下座した。
 前髪の先端が地面に触れる。
 須藤さんの反応を待っていたけど、いっこうに返事が無い。
 恐る恐る顔を上げると、ジロ〜ッとあたしを睨んでいた。涙目のままで。
 やっぱり怒ってるみたい……。
 そりゃ、卒業式という特別な日に決意した告白を盗み聞きされちゃったんだから、仕方ないよね……。
 ああもうっ! こうなったら腹をくくって、どんな叱責も甘んじて受けようじゃないのっ!
「……どこから、聞いていたのかしら?」
 ヒィッ! この状況でそんな無感情に言われると、逆に恐いんですけど……。
「え、え〜と……。多分、最初からずっとです……」
「…………そう」
 うわっ……。須藤さん、顔を真っ赤にしてプルプル震えてる……。
 ヤバイ。完ッ璧に怒らせちゃった……。
 恐いっ! 恐すぎるっ!!
 ゾッと背筋が冷たくなって、手のひらにじっとりと汗が湿る。
 ああ……もうっ、せっかくの卒業式なのに……何でこうなっちゃうのよーっ!?
 さっきどんな叱責も受けるって思ったけど、やっぱり恐いものは恐い……。
「ヤだ……もうっ。あなたに聞かれていただなんて……」
 ……へ?
「ここなら誰にも見つからないって思ったのに……。顔から火が出そう……」
 あれぇ? もしかして須藤さん、怒ってるんじゃなくて…………恥ずかしがってる?
 確かに改めて見てみると、怒ってるっていうより、困ってるような……照れているような……。
 というか、若菜に通じる独特の雰囲気が漂っている。
 あたしは不謹慎にも、そんな須藤さんをつい可愛いなと思ってしまった。
「ああっ! 私、恥ずかしくて死にそう……」
「え、え〜と……その、ごめんなさい。あたしが言うのもなんだけど……気を落とさないでよ」
「あなたに言われたって、ちっとも慰めになりませんっ!」
「……ごもっとも」
 まいったなぁ。これならいっそ怒ってくれた方が、まだ楽だったかも……。
「私が彼の事が好きだってバレちゃうし……、告白は聞かれちゃうし……、泣いてるところも見られちゃうし……」
「いや、その、ホント、どう謝ったらいいか……」
「ううっ……せっかくの卒業式なのに……どうしてこうなっちゃうのっ!?」
 それ、さっきあたしも思った。
 須藤さんはまたポロポロと涙をこぼし始め、その場にへたり込んでしまう。
 とりあえず彼女のかたわらへと歩み寄って、そっと背中を撫でた。
 まあ、あたしがこんな慰め方をして効果があるか解んないけど……。
「橘君以外、誰にも知られたくなかったのに……」
 そりゃまあ、そうだろうなぁ……。告白が成功していれば話は別だったかもしれないけど。
 う〜ん、どうしよう?
 そういえば、若菜もイギリスへ行く前に慎吾に告白して、見事フラれちゃったんだっけ。
 あの時、あたしは若菜をギュッと抱き締めて慰めたんだけど……。
 あたしの胸で泣けっ! って感じで……。
 まあ泣きたい時は思う存分泣いた方がいいって場合もあるし……。
 須藤さんと若菜って、意外と似てるとこあるし……。
 …………やってみるか。
 あたしはかがんで須藤さんの頭をガシッと鷲掴みにすると、自身の胸にギュッと押し付けた。
 そして逃げられないよう、須藤さんの後頭部に腕を回して力強く抱きしめる。
「……え?」
「泣きたい時は我慢せず思いっ切り泣いた方が楽になるから……その、思う存分泣きなさいっ!」
「だ……か……ら……、あなたに慰められたって、ちっとも楽になんてならないんだってば〜っ!!」
 校舎に届いてしまうんじゃないかってほど大声で叫んだ後、須藤さんはさらにわんわんと泣き始めた。
 まるで子供のように、ひたすら泣いて泣いて泣きまくった。
 あたしは彼女が泣き止むまで、ずっと抱き締めていた……。






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