桜色の空の下で
「あ〜、終わった終わったぁ」
慎吾はグッと背伸びをしながら出てくるのを、あたしは教室の前で待っていた。
「おっそ〜い」
「美月? 俺を待ってたのか?」
「そうよ。寮へ荷物を取りに帰った後、どこで合流するかまだ決めてないじゃない」
「あ〜、そういやそうだったな。でも教室から出てくるのを遅いとか言われたくないな。卒業式に遅刻するような奴からは」
「うっ……」
「せっかく練習つき合ってもらった答辞を、危うく聞き逃すとこだったな。いったい何してたんだよ?」
「な、何でもいいでしょっ!」
「そういえば、須藤さんも遅刻をしていたな。もしや佐伯君と一緒だったのかい?」
慎吾の後ろから、伊集院君と川崎君がニュッと現れた。
「んな訳ねーだろ」
そして彼に向かって返事をしたのはあたしじゃなく、慎吾。
「澪ちゃんは……ちょっと、プライベートな用事で遅れただけだ」
チラリと、慎吾は教室の中を覗く。視線の先に、クラスメイトの女の子と楽しそうに会話をする須藤さんの姿。
二人ともいつもどおりの顔をしているけど、瞳だけは少しだけ寂しそうに見える。
「ところで、美月はなんで遅刻したんだ?」
あんたの後をつけて須藤さんの告白を目撃して、泣いてる須藤さんに見つかったから。
……なーんて、言える訳ないってのっ!!
「あ、あたしもプライベートな用事で遅れたのっ」
「プライベート……ねえ。まあいいけど」
慎吾達はあたしの言い訳に納得してないみたい……。
「と、とにかくっ! 慎吾、荷物持った後どこで落ち合う?」
「あ〜……そうだな。女子寮近くの公園とかでいいんじゃないか?」
「ああ、あそこ? それじゃあ公園って事で……」
「じゃあ行こうぜ」
慎吾はニッと笑うと、後ろにいる二人の友達に向けて軽く手を上げた。
「光、太陽。元気でな」
「やれやれ、君ともこれでお別れか。僕の力を借りたくなったらいつでも相談してくれたまえ」
「慎吾、まったな〜っ!」
短い別れの言葉がすむと、慎吾はスタスタと歩き出す。
あっさりとした別れねぇ……。
「えっと、それじゃあ……お二人とも、お元気で」
「さようなら。これからも橘の力になってやってくれ」
「若菜ちゃんのメールアドレス、ありがとな。あの恩は一生忘れないぜっ!」
あたしも二人に手を振って、慎吾の後に続いた。
その時チラッと教室を覗くと、須藤さんがあたし達を見つめていた。
寂しそうに微笑みながら。
須藤さん、さようなら。
下駄箱で靴を履き替え外に出ると、在校生の女子達がわっと群がってきた。
「橘先輩! 卒業おめでとうございます!」
「あ、ありがとう」
「先輩。これ……私の気持ちを込めてかいた手紙です。読んでください!」
「えっと、ゴメン。君の気持ちには応えられないから……」
「あのっ! せ、制服の第二ボタンもらえませんかっ!?」
「いや、うちの制服ってチャックで留めてるから、ボタンは無いんだけど……」
「橘さん、やっぱり須藤さんとつき合ってたんですか!?」
「つき合ってないって、いつも言ってるだろ」
「じゃあ佐伯さんとですか!? いつも、今も一緒にいるし!」
「だぁかぁらぁ、美月とは幼馴染みなだけだってっ!」
うわっ、すっごい人気。
ちょっと前までは、どうしてこんな奴がもてるんだろうと思ってた。今はなんとなく解るけど。
でも彼女達はどうせ学年トップとか校則を変えた生徒会長とか、そういう上っ面だけで好きになってるんだろうな。
慎吾はそういう子には振り向かないと思う。告白を断る時も、ちょっぴり迷惑そう。
若菜や須藤さんみたいな人にだけは、真剣に応えて上げるんだろうけど。
そして自分の正直な気持ちをちゃんと伝えた。
他に好きな人がいる……って。
その人が誰なのか、結局解らないままだけど……。
若菜でもない。須藤さんでもない。あたしでもない……って、何でここであたしが出てくんのよ。
慎吾は確かに良い奴だし、大切な幼馴染みだけど……恋人となると話は別。
慎吾なんてこっちからお断りなんだからっ!
「もうっ。女の子に囲まれて鼻の下伸ばしてないで、早く行くわよっ!」
「だ、誰が鼻の下伸ばしてるんだよっ!?」
「あんたよあんた。もうっ、昔っからあんたは……」
「あっ」
ふいに、慎吾は何かに気づいたかのように声を上げる。
あたしの言おうとした事を誤魔化そうとしたのかと一瞬疑いながら、あたしも慎吾の視線を追う。