人魚姫NANA





 NANAは急に不安になりました。
 いつもは海の底で暮らしているので、例え嵐が来ても海底は穏やかです。
 でも海の上はとても大変な事になるので、大人の人魚達も嵐の日は海の中から出ようとしません。
 NANAは船を見つめて呟きました。
「王子様、大丈夫かな……」
「姉さん」
「解ってるよ。私達人魚は、人間とは相容れないのだから……」
 NANAは後ろ髪引かれる思いをしながらも、七瀬と一緒に海の底へと潜っていきました。
 深く潜れば潜るほど、それに比例するかのようにNANAの不安も深まります。
 もう少しで人魚の国にたどり着くという頃、ついにNANAは我慢出来なくなりました。
「ごめんなさい七瀬。私やっぱり、船の様子を見に行く!」
「姉さん!」
「このままだと不安で胸が押し潰れてしまいそうなのっ!」
 弟の制止を振り切り、NANAは海上と向かっていきます。
 海面から顔を出すと、轟々と音を立てて痛いほどの雨が降り注いでいました。
 太陽の光も厚い雨雲にさえぎられてしまい、辺りは真っ暗です。
 目を凝らしても船の影は見えません。ですが暗闇の中、白い光を見つけました。
「きっと船の明かりだわ、行ってみよう!」
 NANAは水中に潜って嵐から身を守りながら船へと向かいます。
 荒れ狂う波の中を、人魚のNANAは真っ直ぐに泳ぎました。
 そろそろ船の近くだろうと顔を出してみると、何と船は傾いています。
「大変! このままじゃ沈んじゃう!」
 けれどNANAにはどうする事も出来ません。ただ船が沈まない事を天に祈るのみです。
 しばらくして、NANAは船の近くに浮かぶ小さな影に気づきます。
 どうやらそれは小船のようでした。
 今にも転覆しそうな船から逃げ出した人間達が乗っています。
 きっと王子様も小船に乗って船から脱出しているのでしょう、NANAはホッと胸を撫で下ろしました。
 その時です。
「大変だ! あそこにも誰かいるぞ!」
 王子様の叫び声がしました。
 慌てて振り向いていると、王子様の乗った小船が波に揺れています。
 そして王子様はNANAを見つめながら叫んでいました。
 王子様は、NANAが船の乗員で溺れているのだと勘違いしてしまったのです。
「俺達の船が一番近い! 助けに行くぞ!」
「無理です、船がいう事を聞きません!」
「仕方ない、ロープはどこだ!?」
 小船に乗っている兵士からロープを取り上げると、王子様はそれを自分の腰に巻きつけました。
「王子様、何をする気です!?」
「俺が泳いであの子の所まで行く、掴まえたら俺を引っ張り上げろ!」
「馬鹿っ! この嵐の中、人魚でもない限り泳げる訳ないでしょ!?」
 同じ小船に乗っていた美月は、大慌てで王子様を止めました。
 けれど幼馴染みの言葉を聞かず、王子様は荒波に飛び込みます。
 大好きな王子様の行動に、NANAも大慌てです。
 自分は人魚だから溺れる事は無いというのに、人間の彼は自分を助けるために海へ飛び込んでしまった。
 今更水中へ姿を隠しても、彼は自分の姿を探して荒波の中を泳ぎ続けるでしょう。
 NANAは急いで王子様の下へ向かって泳ぎ出しました。
 自分が人魚だと解れば船に戻るでしょうし、その時自分が協力して上げればよりスムーズに小船へ戻れます。
 荒れ狂う波から逃れるようにNANAは水中を進みます。
 すると前方にもがく王子様の姿が見えました。
 水の中で必死に目を凝らす王子様ですが、人間は水中と大嵐という事もあって目の前に何があるかも解りません。
 NANAは慌てて王子様を抱きとめます。
 王子様は水中で人に掴まれ、ビックリして息を吐いてしまいました。
 早く王子様を小船に戻さないと。
 そう思うNANAでしたが、王子様の腰を縛っているロープをたどろうとすると、途中で切れていました。
 嵐のせいで壊れた船の破片か、はたまた料理に使う包丁か、何かがロープを切断してしまっていたのです。
 慌てて王子様と一緒に海上へ顔を出すも、荒れ狂う波のせいで小船がどこにあるのか解りません。
「大変! どうしよう……。王子様っ、あなたの乗っていた小船がどこにあるか解りませんか?」
 腕の中の王子様に問うも、王子様は気を失っていました。
 NANAは大嵐の中、王子様が溺れないよう、ひたすら波に揺られながら浮いていました。





 夜が明ける頃、ようやく嵐は収まりました。
 周囲を見回すと、少し離れた所に陸が見えます。
 けれど王子様の仲間が乗っていた小船はどこにも見当たりません。
 とりあえずNANAは、近くの陸へ王子様を連れて行く事にしました。
 白い砂浜に上がるも、NANAは下半身が魚のせいで上手く動けません。
 仕方なく波打ち際に王子様を寝そべらせます。
「王子様、王子様。無事陸についたよ、起きて……」
 王子様の肩を揺すりながら声をかけると、「う〜ん」といううめき声を上げました。
 よかった、目を覚ます。
 NANAの胸に安堵が広がりましたが、それは一瞬の事でした。
「誰かいるの?」
 砂浜にある岩山の向こうから女の人の声がしました。
 人魚は人間に姿を見られてはいけません、NANAは慌てて水辺に合った岩の陰に隠れてしまいました。
 それからすぐ、美しい人間の女性が砂浜に現れます。
 真っ白な肌と、それに対照的な黒くて長い髪を持つ、ドレスに身を包んだとても美しい人です。
 彼女は浜辺に倒れている王子様を見つけると、慌てて彼に駆け寄りました。
「大変っ! あなたっ、大丈夫? しっかりして」
「うっ……うん。君は……?」
 彼女が声をかけると、王子様の目がゆっくりと開き出しました。
「俺は……そうか、船が嵐で……。君が、助けてくれたのか?」
 違う、助けたのは私! NANAはそう叫びたくて仕方がありませんでした
 けれど人魚であるNANAが今ここで飛び出す訳にはいきません。
「大丈夫みたいね。すぐ近くに私のお供の者がいるから呼んでくるわ、ここで待っていて」
 人間の美女は王子様にそう言い聞かせると、岩陰の向こうへ戻っていきました。
 それからしばらくして彼女がお供の者を連れて戻り、王子様を保護して海岸沿いのお城へ運んで行きました。
 その様子を、NANAはずっと見つめていたのです。両の瞳に涙を浮かべながら。






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