人魚姫NANA
人魚姫NANA
第二部
愛・伝説 乙女の祈りは誰がため
「うぁー……」
顔に包帯を巻いた王子様はベッドの上で喘いでいました。
わずかに表情を変えようとするだけで痛い。
喋るだなんてもっての他。
「災難ねぇ。嵐の海に落ちたと思ったら、今度は女の子をたぶらかしてるところを馬に蹴られるなんて」
「うるへー……ゲフッ」
姉の千尋姫が弟をからかっていると、お部屋の戸を誰かがノックしました。
それが誰なのか確認せず招き入れるアバウトな千尋姫。入ってきたのは美月と例の女の子でした。
女の子は愛らしいドレスを着ており、恥ずかしげに微笑んでいます。
(かっ、可愛い)
思わず頬を朱に染める王子様。ベッドから起き上がろうとして、顔がズキンと痛みます。
「ぐゲッ」
苦しむ王子様に、女の子が駆け寄ります。
「っ……!」
「だ、大丈ー夫だから心配すんなって」
女の子の心配げな眼差しに空元気で答えます。
「俺は慎吾。一応、この国の王子様やってんだ。君はなんてぇの?」
「っ…………」
「……えっと、お名前は?」
「…………」
「…………」
「………………」
「………………」
しばし無言で見つめ合った後、美月が残念そうに言いました。
「この子、言葉を喋れないみたいなのよ」
「喋れない?」
「あたし達の言葉は解るみたいだから異国から来たって訳でもなさそうだし」
「そっか……じゃあ筆談は?」
「字は読めないみたい」
まだ学校に行けるのは裕福な家庭の子だけという時代設定にしておかなければ不都合が出てしまうので、
学校に行けるのは裕福な家庭の子だけという事にされたこの世界この時代。
恐らくこの子は学校に行けるほどのお金が無い家の生まれなのだろう。
それから王子様は女の子に家族や実家の事を訊ねましたが、女の子は首を横に振るだけ。
もしかしたら記憶が無いのかと訊ねてみると、しばし考えた後、女の子はうなずきました。
女の子は王子様にとてもよく懐いているようなので、女の子は王子様と一緒にお城で暮らす事になったのです。
NANAは幸せでした。
王子様とは身振り手振りでしか話せないけれど、王子様から話しかけられる事がとっても嬉しかったのです。
筆談が出来れば事情を説明する事も出来たのですが、人間の文字は人魚のものと違うためさっぱり解りません。
(実は私は人魚で、魔法使いの薬で人間になってあなたに会いにきました……なんて、どう説明すればいいんだろう?)
説明のしようが無いので「記憶喪失なのか?」という問いにうなずいてしまったNANAですが、
そのおかげか王子様やお城の人達が自分を気遣ってくれるので非常に助かっていました。
「NANAー、お茶が入ったから一緒に食おうぜ」
今日も王子様と一緒に平和な一時を過ごすNANA。
お城の中庭で、一緒にハーブティーを楽しみます。
ちなみに名前は口を「なな」と動かす事で、何とか王子様に伝える事が出来ました。
最初は「ああ?」とか「かか?」とか言ってましたが、
それが「なな?」になるにはそう時間はかかりませんでした。
その日、NANAはいつも通り王子様と平和なティータイムを過ごします。
想いを伝える事はまだ出来ないけれど、少しずつ絆を深めていけばいいと思っていました。
ところが。
「王子、澪姫がおいでです」
海岸で王子様を助けた美女は、何と隣国のお姫様だったのです。
王子様は澪姫を命の恩人と思っており、とっても感謝しています。
「そうか、ここに通してくれ。一緒にお茶を楽しもう」
NANAは何度か澪姫に会った事がありますが、澪姫はNANAにもとても優しくて、
まるでお姉さんが出来たみたいとNANAは無邪気に喜んでいました。
(澪姫と一緒に紅茶を楽しめるわ。ウフフ、楽しみ)
美月が澪姫を連れてくると、NANAはとびっきりの笑顔で迎えました。
ですが澪姫は気恥ずかしそうに微笑むだけで、何だかいつもと様子が違います。
美月はなぜかNANAを連れてその場を離れ、王子様と澪姫を二人っきりにさせました。
「NANA。悪いけれど、今日は二人の邪魔をしないでね」
(邪魔? 私、そんな事しないのに……)
気になったNANAは美月の目を盗んで中庭に戻りました。
そこでは王子様と澪姫が話をしています。