怪談CHU!
「うっひゃ〜、酷っでぇ雨だったな」
「まったくだ」
幸い風が吹いていないため、雨に濡れたのは肩や足といった部分だけだった。
太陽は靴下を脱ぎ、雑巾みたいに絞っている。
光はお上品にもハンカチを出し、濡れた肩を拭いている。
「それにしても、雨宿りできる場所があって良かったね!」
と、NANAが無邪気に言った。
「そうね。雨宿りできるのは、有難いとは思うわ」
澪ちゃんはちょっと機嫌が悪いみたいだった。早く帰って、勉強したかったんだろうなぁ。
「ところで、勝手に入っちゃって良かったのかしら?」
「別にいいんじゃないか? どうせ誰もいないんだし」
俺達が雨宿りしているのは、商店街の端にある古びた雑貨屋だった。
といってもすでに店は潰れていて、今は解体工事を待つだけの存在だ。
月島ベーカリーの手伝いをしていたせいか、俺はすっかり商店街の地理に詳しくなっていた。
「それにしても困ったわ。少し風も出てきたみたいだし、こんな雨じゃあ当分寮に帰るなんて無理ね」
「無理に帰ろうとしたら、せっかく買った本がびしょ濡れになっちまうしな」
ふと、街灯の光りが窓から差し込むだけの暗い室内に、僅かな明かりがともる。
光源を振り向いてみると、どこから持ち出したのか…太陽がロウソクに火を点けていた。
「太陽、それ…」
「ああ、部屋の隅に落ちてたんだ。多分ここの人が忘れてったんだろ」
暗闇の中、ひっそりと光るろうそくの火…。
そとは雨だし、すでに取り壊しの決まった建物の中、何か変な雰囲気に思える。
「しっかし、よりによって今日こんな大雨が降らなくてもいいじゃねーか」
太陽がぼやく。今日って確か…。
俺は今日が何の日か思い出した。
そうだ。いつもは月に1度土曜日にやるアレが、1番面白い話を仕入れていると言っていた喜多川の都合で、
土曜日は駄目という事で今日になっていた、アレ。
「今日って…何かあるの?」
ぐはぁっ!
好奇心旺盛な美月が、軽い気持ちで太陽に尋ねた。
「ああ、今日は寮月例の――」
そこで言葉は止まった。太陽も気付いたらしい、自分が言おうとしていた事に。
「寮月例の…何?」
しつこく美月が聞いてくる。
「ねぇ、今日って何かあったっけ?」
NANAまで無邪気に聞いてくる。
太陽は何と答えればいいか困ってるし、向こうで光も青ざめてる。
まさか女子の前で、アレの事を語る訳にはいかない。もちろんNANAにも内緒にしておきたい…。
俺は咄嗟に、言った。
「今日は寮月例の怪談話大会なんだ」
何でそんな嘘を付いたかと言うと、なんとな〜くこの場の雰囲気がそれっぽかったかっら。
光も太陽も、俺のフォローに安堵の表情を浮かべた。
「怪談話大会ねぇ〜。よくもまぁそんなくだらない事、月に1度もやるわねー」
美月は興味を失ったのか、呆れた顔をしている。
ま、俺だって怪談話なんかを毎月やるなんて馬鹿らしいとは思うけど。
「へー、そんな事やってたんだ。ボクも参加したいな」
美月とは逆に、NANAは怪談話に興味を惹かれたようだ。
「な、NANA。怪談がどんな話か、解ってるのか?」
「うん。お化けや妖怪のお話でしょ? ボク、1度も聞いた事ないから楽しみだな」
…そんな瞳を輝かせないでくれ。怪談話なんて嘘だし、本当の事は言えないし…。
「でもな、NANA。うちの怪談はレベルが高いから、ものすご〜く恐いんだぞ。それでも聞きたいのか?」
「そんなのへっちゃらだよぉ。それに、君と一緒なら何だって平気だよ」
…そう言ってくれるのは嬉しいけど、みんなの前で言わないでくれ。ただでさえ変な誤解されてんのに。
「馬鹿馬鹿しい」
澪ちゃんが呟いた言葉に、NANAが反応する。
「馬鹿馬鹿しい…って、何が?」
「怪談よ。幽霊とか妖怪とか、そんな非科学的な話をして楽しんだり恐がったり、時間の無駄よ」
どうやら澪ちゃんは、ここで足止めを食っている事にだいぶイラだっているようだ。
そのせいか、澪ちゃんの言葉はまさに氷の美女にふさわしい冷たさを持っている。
「ムムムムム…! じゃあ、須藤さんは恐くないって言うの!?」
「あたりまえじゃない」
「お、おい。NANA…」
俺の制止も聞かず、NANAは挑戦的に言い放った。
「うちの怪談話はレベルが高いんだから、須藤さんだってぜ〜ったい恐がるような話がいっぱいなんだから!」
…NANAが怒ってる理由って、もしかして俺の付いた嘘に澪ちゃんが否定的な態度を取ったから?
「慎吾君! 今ここで、怪談話大会をしようっ!」
一本のロウソクを中心に、俺達は円を組むように座った。
俺の右隣にNANA。その隣に光、太陽と続き、澪ちゃん、美月、そして若菜ちゃんの順だ。
う〜ん。若菜ちゃん、美月の服を指先で掴んでるけど、大丈夫かなぁ。
NANAは楽しそうに目を輝かせてるし、太陽も満更じゃあないみたいだな。
澪ちゃんは相変わらず興味なさそう。
んで、光は平気な振りしてるけど、さっきから一言も喋ってない。
「あの…」
俺が皆の様子を見ていると、NANAが遠慮がちに手を上げていた。
「どうしたNANA? まさか、恐くなっちまったのか?」
太陽にチャカされ少しムッとしたみたいだが、NANAはそのまま続けた。
「さっき皆で一つずつ怪談話をしていくって決めたけど、ボク、怪談話って一つも知らないから、
話を聞いてるだけでいいかな?」
ま、知らないんじゃしょーがないよな。それに、NANAの場合ずいぶんと特殊な育ち方をしたんだし。
「いいぜ。他にも怪談話が出来ないって奴がいたら、今のうちに言ってくれ」
恐る恐る、若菜ちゃんの手が上がる。
「じゃあNANAと若菜ちゃんはパスって事で、他にはいないよな? じゃあ始めようか」
「ま、待ちたまえ」
…光、明らかに声が震えてるぞ。
「実はボクもその手の話には疎くてな。恐い訳じゃないんだが、
あまり聞いた事がないので今回はパスさせてもらうよ」
つーか、恐いから聞いた事ないんだろ。
「他の皆は大丈夫だな? じゃ、時計回りで行こうか。
誰から行くかじゃんけんで決めようぜ。はい、じゃーんけーんポン!」
俺がいきなりじゃんけんを持ち出した事に戸惑い、皆慌てて手を出した。
俺がチョキで、太陽はチョキで、澪ちゃんはチョキで、美月がパー。
「んじゃ、美月に決て〜い」
「ええっ!? ちょ、ちょっと待ってよ」
「一度決まった事に文句を言わない。それとも、今更出来ないとか言うなよ?」
美月は眉根を寄せてうつむき、しばらくして顔を上げる。
「こ、これはね。友達から聞いた話なんだけど…」
その後美月が語りだした怪談は、はっきり言ってあまり記憶に残ってない。
話の進み方が滅茶苦茶だったし、内容も全然恐いとは思えなかったし。
光や若菜ちゃんも平気な顔してるし。
「…美月。新聞部なんだから、もうちょっと面白い話しろよ」
「う、うるさいわねっ! 仕方ないでしょ? うちのはオカルト新聞なんかじゃないんだから…」
美月なら恐い話とか上手なんじゃないかって、期待してたんだけどなぁ。
案外、お化け嫌いだったりして。
「次は澪ちゃんな」
澪ちゃんはため息を吐くと、ゆっくりと語りだした。
「口裂け女、って知ってるかしら?
夕方頃によく現れるんだけど、耳元まで隠す大きなマスクをした女性がいるの」
ああ、無茶苦茶有名な話だなぁ。
太陽なんか、まるで興味なさそうにあくびしてるし。
「その女の人は、出会った人に『私、綺麗?』って訊くの。
ブスって答えると、隠し持っていた鎌で襲ってくる。
一方綺麗って答えると、マスクをはずして『これでも?』って訊いてくるのよ。
そのマスクの下は、口が耳元まで裂けているの。
そして隠し持っていた鎌で、その人の口も耳元まで切り裂いちゃうのよ。
例え逃げたとしても、口裂け女はものすごく足が速いから逃げられないの。
ただ逃げる時に『ポマード』って叫べば、追って来ないって言うわ。私の話は、これでおしまい」
…相手を恐がらせようとせず、ただ淡々と語られても恐くないよなぁ。
「そういやぁ、口裂け女はべっこう飴が好きだから、それを投げればそっちに気を取られて追って来ないってのもあったな」
「あとさ、綺麗かって訊かれた時に『まあまあですよ』って答えると襲われないってのも聞いた事あるぜ」
へえ。『まあまあですよ』は知らなかったな。太陽の奴、意外とこういうの詳しいのか?
さて、皆の反応はどうだろ?
NANAは…お、そこそこ恐かったみたいだな。座ってた位置も、微妙に俺の方へ移動してるし。
光は…暗がりでも解るほど顔が引きつってる。こいつ、本当にこういうの駄目なんだな。
若菜ちゃんは…『ポマード、ポマード』って呟いてるし。
「あんまり恐くなかったな」
「仕方ないでしょう? 私はこんなくだらない話、興味がないんだから。知ってる話だって限られてくるわ」
「美月はどう思う? 話し方に気を付ければ、もう少し恐くはなると思うんだけど」
反応は無い。
美月はなぜか正座をしており、膝の上で拳をきつく握り締めていた。
口元を歪め、何も無い床をじっと見つめている。
「…美月、こういうの苦手だったのか?」
「に、苦手な訳ないでしょっ!」
…じゃあ、なんで固まってたんだよ。声も震えてるし。
とは、口に出して言わなかった。
「よっしゃぁ! 次は俺の番だな」
太陽の奴、ずいぶんと張り切ってるな。
でも、解ってるのか? 愛しの若菜ちゃんが、思いっ切り怯えているって事を。
「これはな、中学ん時のダチが実際に体験した話なんだけど…」
今回は期待出来そうだな。怪談は別に好きって訳じゃないけど、別に嫌いでもないしな。どうせなら楽しみたい。
「…え〜と、確か…う〜ん」
…嫌な予感がする。
「…すまん。どんな話だったか、ど忘れしちまった」
ガクッ。期待させといてそれはないだろう…。
ま、光や若菜ちゃんはホッとしてるみたいだけど。ついでに美月も。
「悪ぃな。思い出したら話すからさ、先に慎吾が怪談話してくれよ」
「仕方ないな」
少なくとも、太陽のキャラクターからして思い出すのは怪談話大会が終わってからだろうな。
俺はとりあえず、皆の様子をもう一度確認した。
若菜ちゃんは不安そうに俺の顔を見てる。
美月は、さっきの太陽のボケのせいか、落ち着きを取り戻しているみたいだ。
というか俺の話なんか恐くないといった感じだ。
澪ちゃんは、ちょっと呆れた顔をして俺を見つめている。
太陽は首を捻って、中学時代の友人の話を思い出そうとしているようだ。
光は美月と同じく、太陽のボケのおかげで落ち着きを取り戻しているようだ。
NANAは。目をキラキラと輝かせ、俺の話を期待しているみたいだ。
…知らねーからな、俺の話を聞いてどんな事になっても。
「これさ、姉貴から聞いた話なんだけど。ホント恐いから、聞きたくない奴は耳塞いどいた方がいいぜ」
俺は念のため忠告し、若菜ちゃんと光はどうするか考え出した。この2人は聞かない方がいいかもな。
「あら、よっぽど自信があるみたいね。でも、わざわざ耳を塞ぐなんて、そんな臆病な真似したくないわ」
せっかく忠告したのに、澪ちゃんの自信に溢れた発言で、光も若菜ちゃんも耳を塞ぐ事を躊躇してしまう。
…ま、いっか。
「さっき姉貴から聞いたって言ったけど、本当は姉貴が実際に体験した話なんだよな」
美月がゴクリと唾を飲む。そりゃあ自分がよく知る人が実際に体験した心霊現象とかなんて、やっぱ恐いよなぁ。
ホント、聞かない方がいいかもな。
「俺が中学の時、修学旅行から帰ってから姉貴に聞いたんだけど…」
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