秘密のParty Party FINAL






 無言で準備運動を終えた後、私と七瀬は太ももの高さまで海に浸かっていた。
 ビーチサンダルは、波の届かない所に並べて置いてある。
 冷たくて心地良いはずの海水。
 なのに……かたわらに七瀬が立っているのだと思うと、水が冷たいのか熱いのかさえ解らない。
 慎吾君から泳ぎを教えてもらうはずだったのに……どうして七瀬がいるんだろう?
 と思っていると、七瀬も同じ事を考えてたみたい。
 さっき小声で「どうして姉さんも…?」って、慎吾君に訊いていたから。
 そしてどうやら七瀬も泳げないらしく、慎吾君に泳ぎを教わる約束をしていたらしい。
「よーし。準備運動もすんだし、さっそく泳ぎの特訓といくか。2人とも、水に顔をつけるくらいは出来るよな?」
「そっ、そんなの無理よぉ…」
「そっ、そんなの無理だよ…」
 いきなりとんでもない事をさせようとした慎吾君の言葉に、私は咄嗟にそう答えてしまった。
 同時に七瀬も同じ事を口にする。
 私も七瀬もビックリして、互いの顔を見合わせてしまう。
「ハハッ。さすが双子、考える事は同じか」
 その場に流れる気まずい空気に気づかないのか、慎吾君はカラカラと笑いながらしゃがんで首まで海に浸かる。
 何をしているんだろう? と思っていると、彼は勢い良く立ち上がると同時に手を振り上げ、水しぶきをかけてきた。
「キャッ!?」
「わっ!?」
 咄嗟に両手をかざして顔をかばったけれど、閉じた瞼の上に海水がかかってしまった。
「お前等、普段どーやって顔洗ってんだ?」
「どうって…普通に水で洗っているけれど、それとこれとは何か違うのっ!」
 言われてみれば彼の言葉はもっともだけれど、洗面所で水道から出る水を手のひらで受けて顔を洗うのと、
 お風呂と比べ物にならないくらいいっぱいの水がある海とでは、全然違うのだから。
「洗面所なら溺れる心配は無いけれど、海だったら溺れちゃいそうで恐いじゃないかっ!」
「息が苦しくなったら顔を上げればいいだけだろ? それに、いざという時は俺が助けてやるって」
「え?」
 助ける…慎吾君が私を助けてくれる?
 ふいに、砂浜に寝そべる私に人工呼吸をする慎吾君の姿が脳裏に浮かんだ。
 何故かその周囲はキラキラと輝いており、とてもロマンチック。
「その言葉…信じるよ」
 と思った矢先、私の気持ちを代弁するように七瀬が言った。
 その途端、さっき思い浮かんだ人工呼吸の場面で砂浜に寝そべっている人物が、私から七瀬へと変わった。
 私の唇だけが触れる事の出来る慎吾君の唇が、七瀬の唇に…。
「だっ…駄目ぇぇぇぇぇぇっ!!」
 いかがわしい想像を打ち消すように、私は心の奥底から叫ぶ。
 突然の叫びに、慎吾君も七瀬も眼を丸くして驚いた。
「な…NANA? いきなりどうし…」
「駄目よ、絶対駄目だからねっ! 七瀬、絶対に溺れたりしないでっ!!」
 戸惑う七瀬の両肩を掴み、眼を見ながら私は真摯に言い聞かせた。
「う、うん」
 コクコクとうなずく七瀬だったが、落ち着きを取り戻すとともに頬が朱に染まっていく。
「えっと…その、心配してくれて…ありがとう…」
 …………へ?
 どうして慎吾君の唇を心配して、七瀬にお礼を言われるのだろう?
 七瀬の肩を掴んだまましばし黙考し…、やっと思い至る。

 私の考えた事が何なのか解らない人から見れば、確かにさっきの言葉は七瀬を心配しての発言に聞こえる。
 そして…私の言葉を誤解した七瀬は、喜んでくれた。
 どうして?
 心配されて喜ぶだなんて…。
 …ああ、そういえば…私も慎吾君に心配してもらった時、嬉しくなる事がある。
 実際に問題を抱えている時ではなく、何か問題が起きそうな時…彼に心配してくれると、嬉しいんだ。
 だってそれは、彼が私の事を大切に想ってくれている証でもあるから…。

 さらに考えは進む。
 七瀬が喜んだのは、私と同じ理由からだろうか?
 だとしたらそれは何を意味するのか?
 もしかしたら。もしかしたら、七瀬は…七瀬は私の事を……。
 胸の奥が熱い。早鐘のように心臓が脈打つ。
 ドキドキする。
 七瀬が…私の事を嫌っていないかもしれないと思うと、すごく。

 私は弟の肩からパッと手を離し、朱に染まっているだろう顔をうつむかせる。
 その時さざ波の音に混じって、慎吾君の声が聞こえた…気がした。
 よかったな、七瀬…って。
 すぐ視線を彼に向けてみたけれど、もう彼の唇は言葉をつむいでおらず、静かに微笑んでいた。






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秘密のParty Party FINAL






 洗面所やお風呂で顔を洗うように。
 そう言って彼は、まず私達に海水で顔を洗わせる事から始めた。
 海面の水を両手ですくって、顔にかけて、ゴシゴシと洗う。
 けれどやっぱり恐くて洗面所で洗う時よりもきつく眼と口を閉じていたけれど、私も七瀬も意外とすぐに慣れてしまった。
 ただちょっぴり口の中がしょっぱいけれど。
 
 次は海面に顔をつける練習。
 最初は鼻をつまみながらやってもいいって言ってくれたけれど、そうすると何だか変な顔になっちゃいそうで…。
 大好きな慎吾君の前で変な顔になりたくないから、私は鼻をつままずに水に顔をつける事にした。
 七瀬は鼻をつまんでいたけれど。
 無事水の中に顔をつける事が出来たけれど、5〜10秒くらいで息が続かなくなってしまう。
 どうしてこんなに早く息が切れてしまうんだろうと疑問に思っていると、慎吾君はアドバイスをしてくれた。
「2人とも。息を止める時、力一杯止めてないか? それじゃあ水に顔をつけてなくてもすぐ苦しくなっちまうだろ?
 軽〜く息を止めればいいんだ。そうすれば長い間息が続くはずだからな。
 水に顔をつけなくてもいいから、試しに軽く息を止めてみな」
 慎吾君って、本当にすごいと思った。
 彼に言われた通り、息を力一杯止めるのと軽く止めるのを両方試してみたけれど、後者の方がずっと楽なんだもの。
 私も七瀬も感動して、夢中になって息を止める練習をした。
「水の中で眼を開けるのにもチャレンジしてみるか?」
 という彼の誘いは断ったけど。

 今度はバタ足の練習。
 片方は慎吾君に手をつないでもらって、片方は浮き輪に掴まって練習する事になった。
 もちろん私は慎吾君に手をつないでもらとうと思い、さっそく彼にお願いしようとしたんだけど…。
「あ、あの…。出来ればボク、慎吾さんに手をつないでもらいたいんだけど。…その、浮き輪だと、恐くて…」
「別にいいけど。NANAは浮き輪で平気か?」
 と、七瀬に先手を打たれてしまった。
 予想外の展開に、私はどう答えていいか悩んでしまう。
 慎吾君に手をつないでもらった方が安心出来るっていう気持ちはよく解るけど、それは私も同じなんだから。
 私も浮き輪じゃ恐いから、慎吾君に手をつないで欲しい。そう正直に言おうとも思ったのだけれど…。
「あっ、もしかしてNANAも浮き輪じゃ恐いのか?」
「えっ?」
「まあ気持ちは解らなくもないけど…NANAって結構恐がりなんだな」
 ピクリ、と私の中の何かが、彼の言葉に反応する。
「水に慣れたからもう平気だと思ってたけど。そういや美月の奴と初めて海に行った時は…」
 カチン、と私の中の何かが、さらに佐伯さんの名前に反応する。
「あいつ、俺より早く浮き輪を卒業して泳げるようになったんだよなぁ。美月にだけは優しく教えるんだもんなぁ、姉貴は。
 けど美月はあまり水を恐がったりしなくて、すげぇなって思ったよ。まあNANAは自分のペースでゆっくりと…」
「わたっ…私、浮き輪でも平気だよっ!? 水だってもう慣れちゃったし、佐伯さんより早く泳げるようになってやるんだからっ!」
「おっ、頼もしい事言うなぁ。それじゃNANAは浮き輪でバタ足な。ちゃんと足がつく所でやるんだぞ?」
「それくらい解ってるよーだ」
 佐伯さんへのライバル心が燃え上がり、私は単身バタ足に挑む事となった。
 その隣で七瀬は慎吾君と手を取り合って、仲睦まじく練習している。
 ううっ…羨ましくなんかないもんっ!
 佐伯さんや七瀬よりずっと早く泳げるようになって、慎吾君をビックリさせてやるぅっ!
「七瀬。もう少し膝を伸ばして、あとそんな大きくバタつかせなくてもいいぞ」
「う、うん」
「よしよし、その調子だ。七瀬は飲み込みが早いなぁ」
 …………羨ましくなんか、ないもん。






 バタ足の他に平泳ぎの練習をしばらくすると、泳ぎの練習は新たなステップへと突入する。
 砂浜に上がった私と七瀬は、慎吾君の前で整列した。
「そろそろ1人で泳いでみるか」
 今までの練習のおかげか、1人で泳ぐ事に対する恐怖は今までの半分くらいしかなかった。
 むしろ1人で泳いでみるのが楽しみでもある。
 けれど七瀬は、まだ恐怖の方が大きいみたい。
 何となく優越感を感じて嬉しい反面、七瀬が心配でもあった。
「あ、あの…慎吾さん。本当に、その…」
「なーなせ。恐いのは解るけど、1人で泳げるようになりたくないのか?」
「そりゃ…泳げるようになりたいけど、でも…」
 慎吾君は腰に手を当て、困った顔をして七瀬を見つめた。
 大丈夫だよ。
 そう言って七瀬を励まして上げたいけれど…でも、弟に声をかける勇気は私には無かった。
 どうして声をかけられないのか…私にもよく解らない。
 さっきまでは七瀬に嫌われていたらどうしようって恐かったけれど、今は…別の何かが恐い。
「…ところで、NANAは大丈夫か?」
「え? 私? 私は…恐い気持ちもあるけれど大丈夫だよ。ちょっぴり楽しみだし」
 彼に大丈夫なんだって安心させたくて、私は胸を張って答えた。
 慎吾君はうんうんと大きくうなずいて、私の肩にそっと手を乗せる。
 海に浸かっていた彼の手はちょっぴり冷たかったけれど、私は胸の奥が熱くなるのを感じた。
「そっか。NANAは立派だなぁ」
「そ、そうかい? えへへ…」
「まあ七瀬まだしばらく浮き輪とか使って練習するか。ちょっと情けないけど、自分のペースでやるのも大事だし」
 彼の言葉に、七瀬は肩を落として落ち込んでしまう。
 慰めるべきか、私は一瞬迷った。
 慎吾君は言葉を続ける。
「いやぁ、それにしてもNANAは勇気があるなぁ。七瀬も早くバタ足を卒業して、男らしいところを見せないと…な?」
 彼に褒められるのは嬉しいけれど、七瀬の事をそんな風に言わなくても…。
 もう少し優しく、大丈夫だよ…って。いつも私に言ってくれてるように。
 ホラ。七瀬がうつむいたまま、肩を震わせてるよぉ…。
「………………ます…」
「ん? 今何か言ったか?」
 かすれるような声で何事かを呟いた七瀬に、慎吾君はわざとらしく耳に手を当てて聞き返す。
 彼にちゃんと聞こえるよう、七瀬は大きな声で言った
「やりますっ! ボクも1人で泳いでみせますっ!!」
「おお、さすがは七瀬。偉い偉い」
 嬉しそうな…というか、してやったりといった笑みを浮かべた慎吾君は、興奮してプルプルと震える七瀬の頭を撫でた。
「よーし。じゃあ2人とも、どっちが早く泳げるようになるか競争でもするか?」
「ええっ!?」
「競争っ!?」
「あれぇ? NANA、勝つ自信が無いのか?」
「そっ、そんな事ないよ!」
「七瀬は、男らしいところを見せたくないのか?」
「そっ、それは…見せたい、けれど…」
「よし、2人ともやる気になったみたいだな。それじゃ、練習開始〜」
 こうして…私も七瀬も慎吾君に上手く誘導されながら海の中へと入って行った。






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